038 다나카 히토시 전 외무성 심의관의 일본기자클럽 회견

일본의 대표적인 외교 전략가인 다나카 히토시 전 외무성 심의관의 지난 3일 일본기자클럽 회견입니다. 거의 2시간짜리이고, 일본어 강연입니다. 그래도 일본어를 알고, 외교에 관심 있는 분은 시간 내어 들어볼 만한 충분한 가치가 있다고 봅니다. 외교는 국내의 정치적인 이익이 아니라 국익을 위해 해야 하고, 주장이 아니라 결과를 내는 게 중요하다는 말은 일본에만 해당하지는 않는 말이라고 생각합니다. 세계정세의 변화,…

037j 国際派・親韓派の滋賀県知事と歓談

5日は雨のなか滋賀県庁を訪問し、三日月大造知事にお会いしました。先月末、知事選挙があったので、大阪総領事館の管轄地域のなかで最も遅い県庁訪問になりました。民主党出身で衆議院3選の経歴を持つ三日月知事は今回の選挙で県知事に再選されています。 まだ40代の彼は在日外国人の地方参政権を支持し、多文化共生を掲げる国際派であり、親韓派の政治家です。初対面からお互い、ワールドカップで日本と韓国がともに善戦したことを話題にし、両国が多方面で協力しようということですぐ意気投合しました。知事との面談が終わった後、滋賀県民団幹部と昼食を共にしました。 むかし近江と呼ばれた滋賀(県)は朝鮮の三国時代から韓半島との交流が深く、朝鮮時代の朝鮮通信使が通過した主要地域でもあります。このような縁が知られ、韓国の観光客も増えているそうです。 滋賀県は、県全体の大きさの6分の1に相当する日本一の湖、琵琶湖も有名です。県庁から見ると、まさに海のように見えます。

037 시가현 방문

5일은 빗속을 뚫고 시가현청을 방문해, 미카즈키 다이조 지사를 만났다. 지난달 말 지사선거가 있어 관할 지역 지사들 가운데 가장 늦게 만났다. 민주당 출신으로 중의원 3선 경력의 미카즈키 지사는 이번이 재선이다. 아직 40대인 그는 재일 외국인의 지방참정권을 지지하고 다문화 공생을 내걸고 있는 국제파, 친한파 정치인이다. 초면부터 서로 월드컵에서 일본과 한국이 선전한 것을 화제로 삼아, 양국 사이에 다양한…

036j 宇治市伊勢田町ウトロ地区と尹東柱の詩碑

京都府宇治市には韓国と縁のあるものが二つあります。一つは伊勢田町ウトロ地区の住宅施設であり、もう一つは尹東柱の詩碑です。 多くの報道を通じて韓国でもよく知られているとおり、ウトロ地区は日帝時代(1910-1945)に宇治の飛行場で働いていた朝鮮人労働者が集住しているところです。この地から彼らが追い出される危機に際し、住民と日韓両国の市民団体が連携して、新しい生活の場を作るよう要求したのです。日韓政府がこの要求を受け入れ、2017年末、40棟のマンションが完成し、一部の住民が入居しました。 まだ10世帯が残っており、第二期アパート工事が開始される予定です。昨日(3日)は、完成された建物を検分し、第二期工事に関し市に協力を要請するため、山本正市長への表敬を兼ねて宇治市役所を訪問しました。 これに先立ち、昨年10月末、宇治川沿いに建てられた尹東柱の詩碑も訪ねました。ユン詩人が最後に旅行したところが写真に残っており、そこに詩碑を建てたそうです。ユン詩人の詩碑は、彼が通っていた同志社大学の校庭、下宿址(現在は京都造形芸術大学)をはじめ、3ヵ所にあります。 この他に、宇治市は10円玉に描かれている平等院鳳凰堂、平等院とともに世界文化遺産に登録された宇治上神社、食品では抹茶が有名です。

036 교토부 우지시에 있는 우토로지구의 주택 시설 및 윤동주 시비

교토부 우지시에는 한국과 관련한 시설(?)이 두 개 있다. 하나는 우토로지구의 주택 시설이고, 또 하나는 윤동주 시비이다. 우토로지구는 이미 한국에서도 많은 보도를 통해 알려졌듯이, 일제시대 우지의 비행장에서 일했던 조선인 노동자들이 모여살고 있는 곳이다. 이들이 이곳에서 쫓겨날 위기에 처하자, 주민들과 한일 양국의 시민단체가 연대해 새 삶터를 만들어 줄 것을 요구했다. 이런 요구를 한일 정부가 받아들여 지난해 말…

035j 夏に来阪する韓国人観光客向け熱中症予防に関する注意

総領事館が、在日コリアンと韓国からの観光客を含む外部の人々と接触する窓口は大きく分けて三つあります。一つは苦情などのため顔と顔を合わせる面談、二つは電話を介した接触、三つはホームページやSNSなどのオンライン上の通信です。 どれも重要ですが、世の中の変化とともに、オンライン・コミュニケーションの重要性が大きくなっており、今回の地震に関連した対応を通じてそれを実感します。 今後、オンライン・コミュニケーションの重要性がさらに大きくなることは間違いありません。世の中の流れに沿い、多くの人と簡単かつ迅速に、双方向で接触できる利点があるからです。 そういう観点から、熱い夏に大阪を訪れる韓国人観光客向けに熱中症予防に関する注意と案内を総領事館のホームページに載せました。参考になさってください。花より団子ともいいますが、夏の大阪観光も健康あってこそです。 ————– 【夏の熱中症に関する注意事項] 気温が上がる日や湿度が高く高温多湿な場合に発生する熱中症が原因で救急搬送される人が増えており、日本の消防庁が熱中症に注意するよう呼びかけています。 日本全国で6月18日から24日の間に熱中症(その疑いのある症状を含む)で667人が救急搬送されています。暑い環境に長時間さらされた場合に発生する、脳の体温調節機能障害による病気です。 熱中症を予防するため、広いつばさ付きの帽子を使い、頭と首の部分を日差しから保護し、行動中は適量の水を時々飲むようにしてください。暑い夏の関西を訪問される韓国国民のみなさん、熱中症に特に注意し、旅行中に熱中症の疑いがあらわれた方は水分を十分に摂取し、速やかに日陰に移動するなどの初動対応をとってください。

035 뜨거운 여름, 오사카를 찾는 관광객들에게 열중증(일사병) 예방과 관련한 주의 및 안내

총영사관과 재일동포, 관광객을 포함한 영사관 밖 사람들과 만나는 창구는 크게 세가지라고 본다. 하나는 민원을 비롯해 직접 얼굴과 얼굴을 맞대고 만나는 것, 둘은 전화를 통해 접하는 것, 셋은 홈페이지와 에스앤에스 등 온라인을 통해 소통하는 것. 어느 것 하나 중요하지 않은 것이 없지만, 세상의 변화와 함께 온라인 소통의 중요성이 더욱 커지고 있음을 이번 지진과 관련한 대응을 하면서…

034j 食事を共にすることは一緒に食べる人同士の「平和の宣言」

昨日(6月29日)の夜は、大阪府の公立学校で韓国にルーツを持つ生徒に「私たちのもの、私たちのこと」を教えている民族学級の講師たちに会いました。 イベントタイトルは仰々しく「総領事と民族講師との対話」でしたが、実は、厳しい環境のなかで苦労して働いている民族講師と一緒に食事をという思いから作った機会だったのです。私が彼らと同じ席で食事することが彼らを力づけることになればというもので、それ以上でも以下でもありませんでした。 他の人と食事を一緒にするという意味を、実はよく理解していなかったのです。最近、赴任の挨拶でお会いした山極壽一京都大学総長からいただいた本を読み、一緒に食事する重要性を改めて悟ったのです。 ゴリラ研究の第一人者である山極総長は、食事を共にすることは一緒に食べる人同士の「平和の宣言」のようなものだといいます。1992年、日本の小泉純一郎首相が訪朝した際、金正日委員長と握手こそしたが、一緒に食事をしていない事実を指摘しながら、もしあのとき、二人が一緒に食事していたら、両国は完全に和解したのではないだろうかと述べています。 振り返ってみると、私も食事をした人としていない人、一緒に食べたい人とそうでない人の間に大きな違いがあることを感じます。一緒に食事しながら会話することが、互いを理解し互いに力添えできる出発点であることを、今回のことを通じて改めて確認しました。 一緒に食事するのに次いで重要なことは、現場主義ではないかと思います。2時間半ほど講師たちと共にいて、私は頭でわかっていたつもりの民族教育の現状と重要性を生き生きと知ることができました。デスクで1年かかっても理解できないことが、現場では数時間以内に理解できるようです。 どんどん低下し、矮小化する在日コリアン社会を復活させる重大な責務を担う民族講師のみなさん、私たちのささやかな食事と数時間の同席が大きな力に転化されることを願ってやみません。

034 오사카부 공립학교에서, 한국 뿌리를 가지고 있는 학생들을 대상으로 ‘우리 것’을 가르치는 민족학급 강사들

어제(6월29일) 저녁은 오사카부 공립학교에서, 한국 뿌리를 가지고 있는 학생들을 대상으로 ‘우리 것’을 가르치는 민족학급 강사들을 만났다. 행사 제목은 거창하게 ‘총영사와 민족강사들과의 대화’라고 되어 있으나, 실은 어려운 환경 속에서 힘들게 일하고 있는 민족강사들과 밥 한끼 나누자는 생각으로 만든 자리이다. 내가 그들과 자리를 함께하고 밥을 같이 먹는 것이 힘이 된다면 좋겠다는 그 이상도 그 이하도 아니다. 사실…

033j 最近の朝鮮半島情勢と日韓関係の展望

昨日(28日)は、関西地域の退職・現職記者の集まり「ジャーナリズム研究会」に招かれ、赴任して初めて外部講演をしました。講演のタイトルは「最近の朝鮮半島情勢と日韓関係の展望」です。 久しぶりに日本語で約1時間の発表をしたので、呂律が回らないなど困難が少なくありませんでした。ともあれ「メディア同志」の待遇の雰囲気のなかで真剣に話し会えたことが大きな成果だったと思います。 参加者はみな記者出身なので、鋭い質問を連発してきました。私は小さなことにこだわらず、大きな流れとして昨年末と今の状況を比較してみると、韓半島情勢が対立から和解に向けていかに大きく変化したかを理解できると説明しました。 この変化の過程において、その流れを主導したムン大統領の役割が大きかったこと、今般の変化はすでに元に戻すのは難しい地点まで来ていると思われる、という点を強調しました。 特に、70年にわたって敵対していた北朝鮮と米国の首脳が、世界が注視するなかで約束したことは、実務者レベルで行われた9.19合意とは比較できないほど重みがあると考える、と述べました。 重いテーマにもかかわらず、記者という職業の共通点があるせいか、終始温かさを感じたのは私の主観的な判断だけではないと思います。