144j 李哲・徐勝の両氏がムン大統領夫妻と共にメインテーブルに

6月27日夕方、大阪城近くのニューオータニホテルでムン・ジェイン大統領と在日コリアンとの懇談会が開催されました。直前の韓中首脳会談が長引いたため、予定の6時30分より7分遅れて始まりました。

今回の在日コリアン懇談会は「在日コリアンの首都」と呼ばれるほど韓国国民が多数集住する大阪で8年ぶりに開催されることもあり、高い関心を呼びました。日韓の政府関係がよくない状況下、在日コリアンたちがどんな発言をし、大統領がどんなメッセージを送るかも大いに注目されました。

結果的に懇親会はとても和やかなムードのなかで行われました。行事中、参加者が大統領夫妻を背景に記念写真を撮ったり、数名が無遠慮に大統領の席に近づいて挨拶を交わそうとするなど、警護員たちが汗をかかされる場面もありました。これらすべてが権威主義的な政権下では想像できない「キャンドル政権」ならはの特徴ではないか、と私は肯定的に捉えています。

今回の懇談会のキーワードは、ハーモニーと未来だと思います。民団幹部を中心に行われた過去の懇談会とは異なり、いま各界で活躍するコリアンたちが等しく参加するハーモニーの場となったからです。軍事独裁政権時代に捏造されたスパイ事件で死刑又は無期懲役を宣告された在日韓国良心囚同友会の李哲(イチョル)代表と韓国又石(ウソク)大学の徐勝(ソスン)客員教授が大統領夫妻と共にメインテーブルに配席されたことがすべてを象徴しています。

白頭学院建国学校の伝統芸術部の生徒のきわめて印象的なパフォーマンスは参加者、殊にソウルからの代表団を感動させました。会場の背景に民族学校や民族学級の生徒たちが描いた「大韓民国」という文字をデザイン化したコリアンたちの肖像画は、次世代コリアンの明るい未来を示していました。

懇談会を支配したもう一つのキーワードはプライドではないかと思います。厳しい環境にあってもルーツを守り、祖国に物心両面の貢献をしてきた在日コリアンを支えたのは、まさに韓国出身というプライドだったと思われます。だからこそ「コリアンのみなさんが祖国の発展に誇りを持てるように努めます」というムン大統領の最後の激励の言葉に一層反響があったのです。

準備段階を通じて懇談会に参加して感じたことを<ソウル新聞(2019.7.1)>に寄稿しました。

143j 暴雨に始まり曇り空で終わったG20大阪サミット

ムン・ジェイン大統領夫妻を激しい雨のなかで出迎え、曇り空の上天気のなかで見送りました。6月27日から29日、韓国大統領が出席した主要20ヵ国地域(G20)大阪首脳会議は、私にとって暴雨に始まり、曇り空で終わりました。

写真と映像、記事だけで見ていた首脳陣の華麗な外国訪問が、いかに多くの人々の準備と努力、緻密な段取りで運営されているか、まだ2年生の総領事としてありありと実感しました。例えば、首脳たちの到着と出発、出迎えと行事、歓送迎の準備にせわしく動き回る多くの人々が努力する姿は、単に舞台上の俳優のために動き回る舞台裏の人々のようには見えません。大型行事を遺漏なく推進するために汗水流す日韓双方の関係者の尽力と労苦に対し、改めて頭を垂れ感謝したいと思います。

約2ヵ月前から内部で準備してきた行事が終わったいま、疲労感と虚脱感が押し寄せてきます。総領事として在任中になかなか経験できない大型行事を無事に終え、達成感も感じます。

今回の韓国大統領の大阪訪問で総領事館が最も準備に苦心した行事は、27日夕刻に開催された在日コリアンとの懇談会でした。日韓関係がよくないなか、8年ぶりに開催される行事であり、とりわけ準備に力を注ぎました。

できる限り在日コリアン社会の全体を代表する各界各層の人々を招き、ハーモニーの場を提示しようと試みました。韓国人としてのプライドと日韓関係の友好の必要性が浮き彫りになるような集いになることを意図しました。

幸い、全体として満足のいく行事になったと確信しています。ムン大統領は激励の辞でコリアンの痛みを癒やし、これまでの貢献を賞賛しました。コリアンたちは日韓関係悪化のなかでの困難な生活を訴えながらも、大統領の言葉に大きな拍手で応え支持の意を示しました。白頭学院建国学校の伝統芸術部の迫力あふれる公演は、在日コリアンの未来が一枚岩であることを示唆するものだったと思います。

不十分だった点がないわけではありません。ムン大統領が「いかなる困難にも揺るがない日韓友好関係の構築」を強調したにもかかわらず、安倍晋三首相に無視され、今回の会議では略式会談さえ開催されませんでした。一方で5月から北朝鮮のキム・ジョンウン委員長に「前提条件なしの対話」を強調しているにもかかわらずです。

仔細に見ると、長い準備にもかかわらず脱落したこともあり、十分にできなかったと自責の念に駆られることもあります。人の営みに100%完璧なことはない、と痛感します。それを自覚しながら完璧を追い求める姿勢が最終的にミスを最小限に抑える方法ではないか、そんなことを悟った、短くも長い2泊3日でした。

142j 二日後に迫ったG20サミット

いよいよ二日後に迫ったG20サミット。40日前、総領事館のエレベータと事務室前に掲げた準備作業カウントダウンの表示は、けさ D-2 になっていました。

D-2 の D-day は主要20ヵ国大阪サミットに参加するムン・ジェイン大統領が大阪に到着する日を意味します。

ムン大統領は6月27日から29日まで2泊3日の予定で大阪に滞在します。到着日の27日には、初の公式行事として在日コリアンとの懇談会を開催する予定です。

韓国の大統領の来阪は、2011年12月の李明博大統領以来8年ぶりです。李大統領(当時)は、野田佳彦首相(当時)と京都で首脳会談に臨んだ後、短時間大阪に立ち寄り、大阪民団本部の建物で開催された在日コリアンとの懇談会に出席しました。

韓国大統領の大阪宿泊は、1998年の金大中大統領以来、実に21年ぶりのことです。

日本全域のコリアンの約4分の1が住む関西地域のコリアンにとって、韓国大統領の久々の訪問だからこそ感慨深く、期待も大きいのです。大阪総領事館としても、滅多にない超VIPの歓迎に多忙を極めています。今週から、サミット準備のためソウルと東京から多くの応援スタッフが参加しています。

大統領の久々の大阪訪問にふさわしく、大勢のコリアンが参加する懇談会を開催する予定です。大阪の在日コリアンを中心に、東京ほかの地域を含めて全400人を招待し、8年前に比べ約二倍の規模です。できる限りコリアン社会全体を代表するよう、さまざまな分野で活躍する老若男女をあまねく招待するように努めました。

日韓の政治関係は冷えていても民間交流は温かい「官冷民温」の時期であるだけに、ムン大統領の今回の訪日には韓国内外で多大な関心が寄せられています。

大阪総領事館の全スタッフは「在日コリアンは癒しを受け、韓国政府は支持を受けて、今後の日韓関係の起点」となるような在日コリアン懇談会にすべく、最終段階の準備に当たっています。

141j 過去の枠組みでは捉えられない日韓の新潮流

6月28〜29日、大阪で主要20ヵ国(G20)首脳会議が開催されます。大阪市内は今その準備で忙しくしています。日本全国津々浦々からやって来た警官が道路をふさいで安全点検をしたり、主要施設などをパトロールする姿を目にします。

ムン・ジェイン大統領もこの会議に出席するため来阪します。2011年、イ・ミョンバク前大統領が京都で野田佳彦首相と首脳会談した後、大阪に短時間立ち寄って在日コリアンと懇談会を催して以来、8年ぶりの韓国大統領の大阪訪問です。大阪に滞在するのは1998年の故キム・デジュン大統領以来21年ぶりのことです。

よく知られているように大阪は韓国と縁が深い地域です。日本で在日コリアンが最も多く集住し、韓国人観光客が世界で最も訪ねたいところ、最も多く来訪するところであり、歴史的には古代から韓国との文化交流が盛んなところです。

このような観点からも、今回のムン大統領の大阪訪問は意義深いものです。日韓においては政府間の関係が歴史問題などによって冷え切った状態にあり、ムン大統領の今回の訪問に対する関心が高まっています。

ムン大統領の大阪訪問を前に、私が1年余り関西地域を回って感じた日韓の新たな潮流について<京郷新聞>に寄稿し、21日付け同紙に掲載されました。ご一読いただければ幸いです。


【京郷新聞への呉泰奎(オテギュ)氏の寄稿(翻訳)】2019.6.20.

過去の枠組みでは捉えられない日韓の新潮流

最近の日韓関係は「1965年の日韓協定の締結以来最悪」という言説が日韓の上空を転回しています。昨年10月末の韓国最高裁における強制動員労働者に対する日本企業の慰謝料支払い判決をきっかけに、日本の官僚や政治家、学者、メディアが提起し始めた、このような主張が韓国内にも広がっているようです。

政府間の関係だけをみると、最悪とまではいかないにせよ、かなりよくないのは事実です。ただし、政府間を超えた民間や地方自治体にまで視野を広げると、以前とはまったく違った様相が見えてきます。

僅か数年前までは、日韓関係は政府間の関係が冷え込むと、民間交流も地方自治体の交流も中断されることが不文律のようになっていました。ところが、最近は政府間関係が冷えても民間までは冷えずに温かい、「官冷民温」ともいうべき現象が起きています。「日韓関係は最悪論」はこのような潮流を見落としているといえます。

昨年、日韓の人的交流が史上初めて1千万人を超えました。日本から韓国に行った人295万人、韓国から日本に来た人754万人です。過去の枠組みでみれば、最高裁判決があった昨年10月末を起点に韓国を訪問する日本人の数が急落するのが常でした。イ・ミョンバク前大統領が2012年に独島を訪問した翌13年から訪韓日本人数が急落したようにです。しかし、韓国観光公社の統計によれば、訪韓日本人は昨年11月と12月に前年同期比でそれぞれ45%、33.5%増加しました。ことしも5月まで月平均約28%増え続け、3月の訪韓日本人は375,119人を数え、月間訪問者数の過去最高を記録しました。

大阪市生野区には100年前から在日コリアンが集住し、かつては全人口の約4分の1が在日だったといいます。全長500mほどのみゆき通りに面したコリアタウン商店街の両側にはキムチ、Kポップスターのグッズ、チーズホットドッグ、トルネードポテト、韓国化粧品を扱う店や韓国料理店が120店ほど軒を連ねています。曜日に関係なく10代20代の日本の若者が韓国の大衆文化と味覚を楽しもうとして押し寄せ、通行が困難なほどです。商店街が満杯状態となり、トイレの処理能力が追いつかない、と店主たちは悲鳴をあげています。

先月28日、大阪市付近の豊中市にある韓国語教育が盛んな専門学校を訪問しました。この学校は15年前に僅か4人の受講生で韓国語科を開始したそうですが、いまや6つの専攻科目を有する学年定員300人に対して、1年生は全体の60%、2年目は40%が韓国語科の学生になっています。ことしは韓国語科の志願者10人ほどが施設収容能力のため入学できなかったほど、韓国語の人気が年々高まっているというのです。かつて韓国語を学ぼうとする学生は親を説得するのが難かしかったのに、今はそんな親は稀だと学校の関係者は説明しています

地方自治体の関係者も異口同音に政府間の関係が悪い時期だからこそ自治体の交流を強化しようと言います。このような現象は、明らかに以前とは質的に異なった日韓交流の新たな潮流です。既存の官僚や政治家、メディアや学者たちには捉えられない水面下で、大衆文化と双方に対する多様な好奇心に根ざし、確たる価値観を持った若者たちが、もはや逆流しようのない双方向の交流を作り出しているのです。その間口があまりに広くて深く多様なため、全貌を把握するのさえ難しい状況にあります。

日韓の新たな潮流

もちろん「民温だから官冷のままでよい」と言うのではありません。官は、これらの潮流がさらに進展するように支援しなければなりません。今月 28〜29日に大阪で開催される主要20ヵ国(G20)首脳会議にムン・ジェイン大統領が出席します。韓国大統領として8年ぶりに訪問する大阪は、日本で在日コリアンが最も多く住む地域であり、日韓交流の歴史が最も古く、韓国人観光客数が最も多いところです。両国政府が日韓交流の中心地・大阪において新潮流に沿った新たな友好協力の里程標を打ち立てることを期待してやみません。

140j 金時鐘氏の生誕90年・渡日70年記念シンポジウム

6月16日(日)、在日コリアン詩人金時鐘氏(1929-)の生誕90年と渡日70年を記念する国際シンポジウム「越境する言葉」が開催され、金時鐘氏の招待を受け参加しました。

会場がちょうど家から近い大阪大学の中之島センターだったので、昼食をすましてからゆっくり歩いていきました。午後2時からのシンポジウムだというのに、開始30分前には同氏を敬愛する日本人と在日コリアンが会場を埋め尽くしていました。

金時鐘氏は、日本で活躍している在日コリアンの詩人のなかで最も広く知られ評価されています。大学で彼の詩を研究して博士号を取得した人や、いま博士論文を執筆中の人もいるといいます。金時鐘氏の評価は日本より韓国で高く、数年前から同氏の詩やエッセイなどが活発に韓国語に翻訳され出版されています。

金時鐘氏は、済州島四・三事件(1948-54)と切っても切れない縁を持っています。日本に四・三事件と関連した小説家として『火山島』の著者金石範氏(1925-)がいるとすれば、詩人として金時鐘氏が挙げられます。四・三事件に関与した同氏は1949年5月26日、済州島から密航船に乗って日本に渡り、6月6日ごろ神戸近くの海岸に到着したそうです。その日をシンポジウム開催日にした旨主催者から説明がありました。

シンポジウムでは日本語で詩を書く在日コリアン詩人金時鐘の詩の世界を「辺境」という視点から多角的にみる試みが行われました。若い在日コリアン詩人のチャンジョン氏は「金時鐘の詩が私の心の支えだった」とし、「在日韓国人の言葉としての日本語」に注目しました。日本人の日本語ではない、在日の言葉としての日本語で書かれた詩が日本でも韓国・北朝鮮でも独自の優れた詩の世界を形成しているように思う、と述べました。

シンポジウムの最後に金時鐘氏が講演を行い、過去の歴史を無視する日本社会の現実を批判し、自作の詩をいくつか暗誦しました。齢(よわい)90歳にもかかわらず、力強い声で時にウィットを織り交ぜて話す姿に聴衆も拍手で応えました。

シンポジウムの冒頭、私は金時鐘氏に初めてお会いしたときに受け取った『朝鮮と日本に住んで』韓国語版に同氏が「故郷がいつも海の向こうにある者にとって、いつしか海は願望でしかなくなった」という文を書いているが、いつかその願望が海を渡り、故郷に届くことを願うと述べました。

一人の詩人の存在と詩と言葉がいかに世界を刺激し変化させられるかを痛感した行事でした。

139j データサイエンス学部を有する国立総合大学の滋賀大学

6月13日、大阪から120キロ離れた彦根市を訪ねました。片道2時間の予想が、途中の道路工事と交通事故による渋滞がひどく、往復5時間道路上という疲れる旅程でした。

彦根は日本最大の湖、琵琶湖北部の東側にある都市で、江戸時代には江戸(東京)と京都を結ぶ中仙道と東海道が合流する要衝の地でした。江戸幕府の大老として日米修好通商条約(1858)により開国を断行した井伊直弼(1815-60)の出身地でもあります。彼が藩主だった近江彦根藩の城、彦根城が高くそびえています。壬辰倭乱(1592-98 日本では文禄慶長の役)の後、朝鮮通信使が江戸に赴く途中に宿泊した地としても知られています。

彦根訪問は、ここに本部キャンパスを有する滋賀大学が目的でした。日本では都道府県ごとに一つの国立総合大学があり、滋賀大学は滋賀県にある唯一の国立総合大学なのです。

滋賀大学は教育学部・経済学部・データサイエンス学部の3学部と大学院を含む学生4千人程度の大学です。教育学部は県庁所在地の大津市、本部は経済学部とデータサイエンス学部がある彦根市にあるため、遠路はるばる彦根に出かけたのです。この日の滋賀大学訪問で大阪総領事館の所轄区域にある国立総合大学をすべて訪ねたことになります。

位田隆一学長はとても熱心に大学の説明をされ、百数十年の伝統を誇る教育学部と日本最大規模の経済学部よりも、2017年に新規開設したデータサイエンス学部の説明に大半の時間を割きました。

日本の国立大学のなかで情報学と統計学を合わせた学部は初めてであり、全国的な関心を集めているといいます。定員は学年ごとに100人に過ぎませんが、北海道から沖縄まで全国の学生が集まったそうです。まだ学部卒業生は輩出していませんが、ことし修士課程を開設し、博士課程もすぐ開設するといいます。数十の日本有数企業と連携した教育にも力を注いでおり、同学経済学部を卒業して業界で活躍する中堅経済人から多くの支援を受けているそうです。カタカナ表記の学部を有する唯一の国立大学という説明も忘れませんでした。いかにデータサイエンス学部に傾注しているかありありと感じることができました。

滋賀大学は、韓国の啓明・大田大学と交換学生派遣などの交流をしており、データサイエンス分野では最近、崇實大学と交流しているとの説明もありました。将来、データサイエンス学をはじめ、韓国の大学と活発な交流をしたいと位田学長は意欲を見せていました。

138j G20首脳会議にちなんだ韓国文化公演の第二弾

6月28〜29日に大阪で開催される主要20ヵ国(G20)首脳会議にちなんで大阪韓国文化院が企画した韓国文化公演の第二弾が12日に開催されました。

大阪韓国文化院と大阪民団が合同で韓国の国立民俗国楽院を招聘し、西梅田のサンケイホール・ブリーゼ(900席)で「千年の音(こえ)、千年の仕種(しぐさ)」と題した公演を行います。G20首脳会議にちなんだ文化公演は、5月17日に開催したオペラ歌手チョ・スミと京畿(キョンギ)フィルハーモニー管弦楽団を招いて行った「チョ・スミと共に、大阪に響く日韓ハーモニーのメロディー」に続く第二弾であり、今回が最後の行事です。

前回と同じく今回も大成功でした。器楽合奏のシナウィ(俗楽の一つ、南道の巫楽)から<パングッ(農楽)と小鼓舞>まで七つのプログラムが90分、休憩なしに演奏されましたが、時の経つのも忘れて没頭しました。扇の舞と伽倻琴の並唱<燕の路程記>、南道民謡<米搗き打令(京畿道の通俗民謡)>の演奏中は、観客席から自然と喊声や拍子に合わせた拍手が起こりました。そして、サムルノリ(農楽)の演者の爆発的なエネルギーは会場を圧倒しました。

公演が終わって帰る人々は親指を立てて賞賛し、口々に「最高だ」ともらしていました。会場の半ばほどを埋めた在日コリアンの感動したようすがとりわけ印象的でした。

今回の連続公演は、G20大阪首脳会議を控え韓国の高度の文化を韓国と関係が深い関西地域に招聘し、文化交流を通じて日韓友好に貢献しようという意図で企画されたものです。日韓政府間の関係が歴史問題をめぐってあまり良くない状況にり、双方の市民の心をつなぐ文化交流がこれまで以上に必要なときでもあります。

今回の企画の成功には大きく二つの要因があったと考えられます。 一つは韓国で最高レベルの公演団を招いたことです。文化交流が他の分野より相手国に抵抗なくスムーズに届くとはいえ、レベルが高くないとかえって逆効果になることがあるからです。

もう一つは、大阪地域の特性とニーズを反映した公演だったためだと思います。大阪には在日コリアンが日本で最も多く住み、古代から韓国との文化交流が濃密な地域です。他方、東京に比べて高度の文化交流事業が法外に少ないのです。このような事情が韓国から来た高度の公演に熱狂的に反応した背景にある、と私は考えています。

137j 駿台観光&外語ビジネス専門学校の韓国語科が大人気

5月28日、じめじめした雨が降るなか、大阪府豊中市にある駿台観光&外語ビジネス専門学校を訪問しました。

この学校は、予備校(韓国の大学入学学院に相当)を中心に幼稚園から大学まで設ける学校法人駿台学園が運営する専門学校です。駿台予備校は、名門大学に多くの学生を進学させている日本で十指に入る予備校です。韓国で大学入試が厳しかったころの鍾路学院、大成学院と同じです。

駿台専門学校は2年制の学校で、エアラインクル-・ホテル・結婚・鉄道・英語・韓国語科を設けています。学生数は学年ごとに300人、全学で600人です。これら6科のなかで韓国語科が特に人気が高いそうです。1年生は全科目の60%に相当する180人、2年生は36%の116人が韓国語科の学生なのです。今年の入学希望者中10人は教室不足で入学できなかったといいます。

この学校の韓国語科が人気を集めたのはそう古くはないそうです。韓国語科のジョンソンウク部長は「2003年ごろ韓国語科を開設したとき学生はたったの4人」で、2012-13年ごろから急増したと振り返ります。和下田俊一校長も、最近の日韓関係は悪いのに、韓国語を学ぼうとする若者、とりわけ女性の熱気が高いと述べました。

日韓政府間の冷えた関係、日本のメディアの伝統的な韓国批判報道にもかかわらず、民間レベルで起きている韓流の勢いをここでも確認できました。

以前には見られなかったこのような現象がなぜ起きるのでしょうか。この学校の教員は第一にK-POPをあげました。K-POP好きの若年層が自然と韓国語を学ぶ意欲を持ったようで、スマホとSNSの力も大きいといいます。他の人やメディアに依存しないで、自ら直接情報を得るため、一般世論に左右されないで自分の好きなことをするというのです。

日韓の民間交流が活発化し、韓国語を活かした就職がしやすくなり、低価格の航空券が普及して韓国を体験する機会がふえたことも影響しているようだといいます。

もう一つ注目すべきことがあります。以前は学生が韓国語を学ぼうとしても、親を説得するのが難しかったのですが、最近は親が学生の決定を快く受け入れるようなのです。和下田校長は、子に勝てる親のいないことを実感するといいます。なお、韓国語科の学生の約半数が関西、残りの半数が沖縄をはじめ他の地域の出身者だそうです。韓国語を学ぼうとする熱気が特定の地域に限定されていないことを示しています。

韓国語を学ぶ学生の熱気を後にして雨の降る外に出ました。世の中には、既存の考え方や観念の枠組みでは捉えられないことが多々あることを改めて感じます。だからこそ、デスクより現場が重要なのでしょう。

136j 在日コリアン社会の世代交代とアイデンティティ

在日コリアン社会における最大の悩みの一つは世代交代です。一世二世が高齢になって活動力が衰え、諸事情のため若い世代はその溝を埋められずにいます。

一世二世は韓国語もでき、祖国(韓国・北朝鮮)との絆も強いのですが、若い世代は韓国語もできず、祖国との関係も稀薄です。一世二世の祖国指向が強い一方、三世以降は日本社会への定住を指向する場合が多く、日本に帰化する人も増えています。これはごく自然な現象ともいえます。

他方、以前の日本企業の年功序列と終身雇用制のように一世二世が築いてきたコリアンの団体に若い世代が入り込むのは容易なことではありません。

在日コリアン社会が抱える世代交代とアイデンティティに関する悩みを最も痛感している人はまさに三世以降の世代の主流たる青年団体のリーダーだと思われます。

20日、関西地域で活動する青年団体の代表を大阪韓国総領事館に招いて、懇談会を開催しました。韓国大阪青年会議所韓国京都青年会議所大阪韓国青年商工会民団大阪青年会OKTA(世界韓人貿易協会)大阪支会在日本ハングル学校関西協議会関西留学生国際交流支援連絡会の代表など20人余りが参加しました。 会場は、民族学校や民族学級に通うコリアン生徒の絵と工作などを展示する総領事館1階の会議室(夢ギャラリー)にしました。

初の試みであり、互いによく知らない参加者も多く、進行もむずかしいと思われました。実際に開会すると、常々話したかった話題が多かったからでしょうか、冒頭から重いテーマが噴出しました。在日、在日というけれど、在日コリアンの範囲はどこまでなのか、コリアン社会のなかに理念志向を異にする団体があるが、どこまで協力すべきなのか、子弟たちの韓国語教育、国際結婚した子どものアイデンティティなど、一つとして単純な問題はありません。

提起された一つ一つの問題にすぐ回答を見い出すことはできませんが、互いの問題を共有し、家に持ち帰って考える機会となったことに意義があったと述べることしかできない私は苦しくもありました。でも、このような悩みを打ち明けて話せる場が提供されたことは意味があると考えています。

自由な意見交換のあと総領事館近くの韓国料理店に移動し、酒杯で親睦を深めました。食事し酒を交わしながら個人的な話をすることで、一層和らいだムードになりました。このような集まりが新しいコリアン社会のリーダーを輩出する第一歩になることを願い、名残惜しい場を後にしました。

135j 日経関西版5/22夕刊のインタビュー記事

日本経済新聞とのインタビュー記事が22日関西版の夕刊に掲載されました。インタビューは5月8日で、掲載まで2週間要しました。

全国版ではなく関西地域版の春の紙面改編で改装されたコーナーの「関西のタイムライン将来像」というタイトルです。コーナーができて3回目の掲載です。

インタビューでは、赴任後1年のあいだに感じた関西の印象と最も印象的だったこと、日韓関係の改善案、6月末に大阪で開催される主要20ヵ国首脳会議(G20)が主な話題になりました。

形式より内容を重視し、行動力が高く、開放的な関西人の気質が韓国人と似ているとして、韓国と昔から縁が深いこの地域から率先して友好を発信したいと述べました。最も印象的な場所には、日韓の過去・現在・未来が混在する生野区のコリアタウンを挙げました。

G20首脳会議の際、韓国大統領が21年ぶりに大阪に滞在する機会を生かして、日韓関係を改善してほしいという希望も述べました。 また、日韓の難しい政治状況にあっても、若者を中心に活発に行なわれている交流の重要性を強調しました。

詳細については次のリンクをご参照ください。

https://r.nikkei.com/article/DGXMZO45076710R20C19A5960E00?s=2