196j 民団大阪本部・韓国教育院共催オリニ・ウリマル・イヤギ・カルタ大会

2月16日、まだ冬だというのに大阪は春雨のような雨が降っていました。きょうは大阪府の小学校民族学級に通う韓国にルーツを持つ生徒たちが、1年間の学習成果を披露する「ウリマル・イヤギ」大会の日なのです。天候が心配でしたが、大会会場に到着するや、そんな心配はすっ飛んでしまいました。 この日、在日コリアンが多く住む大阪市生野区にある大阪市立中川小学校の講堂において第14回オリニ・ウリマル・イヤギ・カルタ大会が、民団大阪本部と大阪韓国教育院の共催で開かれました。会場には参加生徒、保護者、民族学級の講師など、500人を超える人々の熱気が溢(あふ)れていました。 この大会は大阪府全域の民族学級の生徒が1年で培った実力を競う最終行事であり、第1部のウリマル・イヤギ大会と第2部のカルタ大会に分かれて実施されます。 初めは小規模だった大会の参加者がしだいに増(ふ)え、フェスティバル型の大会に発展したそうです。個人が韓国語能力を競うお話部門には計52人が参加し、昨年より14人増えたそうです。全体の参加者も年々増え、ことしは50人以上増えたといいます。 ウリマル・イヤギ大会は課題文の発表部門と自由作文部門に分かれています。ウリマル・イヤギ大会に参加する生徒がほぼ全員きれいな韓服を着飾って登場したのが印象的でした。 課題文の部門は初級生(2-4年生)の部と上級生(4年生以上)の部に二分して実施されますが、ウリマル・イヤギ大会のハイライトはやはり自由作文部門です。自由作文は、学年制限がなく、自分が書いた文章を発表するので、コリアンの子どもたちの思いをありありと見せてくれます。 民族学校に通いながら友だちを作って民族楽器を学ぶ子、曽祖母が韓国出身の四世という事実や、「ハルモニは韓国人、オンマは韓国と日本のダブル」、「オンマは在日コリアン、アッパは日本人だから、(私は)国籍が二つ」など、容易に聞けない話が自然に出てきます。 参加者がさらに熱狂した種目はカルタ大会でした。この大会は両チームがフロアに広げられたハングルの単語カードを審判の声に応じて取り出すゲームです。制限時間内により多くのカードを取ったチームの勝ちです。ハングルの理解だけでなく、瞬発力も必要なゲームなので見学しているだけでも興味が尽きません。まるでスポーツ試合を見ているような気がしました。誰が考案したゲームか不明ですが、楽しみながらハングルを学ぶのに最適です。 勝敗と成績に関係なく、参加した生徒と親たち、教員たちがみなハングルで満たされた一日だったように思います。

195j 中日新聞の企画記事に登場した人々、雨森芳洲庵で座談会

韓国大法院の強制動員労働者の判決に対する日本政府の経済報復措置に伴い、日韓関係が悪化の一途を辿(たど)った2019年9月、中日新聞が意義深い企画記事の連載を始めました(滋賀県内のみ配信)。 企画タイトルは「誠信の交わり、隣国への思い」でした。中日新聞は9月17日に韓国留学経験のある石原氏(滋賀県立大学学生)を皮切りに、11月1日まで日韓交流と友好活動に尽力する滋賀県住民15人のインタビュー記事を掲載しました。 11月5日には企画仕上げ番外編の終わりに三日月大造滋賀県知事と私のインタビュー記事を掲載しました。難局にあって力を落としていた時期、両国の多くの人々を元気づける連載でした。 連載が終了した11月末に三日月知事に会った際、連載に登場した人々が一堂に会して話し合う機会があれば、と希望を伝えました。 三日月知事がその提案を聞き流さずに中日新聞と協議し、2月14日午後に特別座談会を用意してくれたのです。自分の提案でもあり喜んで参加の意思を伝えました。このような経緯で、朝鮮通信使とも縁の深い江戸中期の対朝鮮外交官で学者の雨森芳洲翁(1668-1755)が生まれた滋賀県長浜市高月町にある雨森芳洲庵で座談会を開くことになりました。 滋賀県立大学の河かおる准教授(朝鮮近代史専攻)の司会で、三日月知事と私のほか、京都造形芸術大学の仲尾宏客員教授(朝鮮通信使の研究者)、在日コリアン三世のイ・ウジャ氏、石原氏、滋賀朝鮮初級学校の教員チョン・ピョングン氏が1時間余り話し合いました。テーマは朝鮮通信使当時の「誠信交流」が今日の状況に投げかける意味と地域レベルの多文化共生でした。 朝鮮通信使と日韓友好に尽力した雨森芳洲翁ゆかりの場所で座談会が開催された意義をふまえ日韓友好の歴史が深い滋賀県で国にできないことをやりましょう、と私は提案しました。他の参加者もそれぞれ個人・地域・市民レベルの活動を紹介し、実現可能な多くのよいアイデアを提案しました。座談会の内容詳細は25日の中日新聞に掲載される記事に譲りますが、三日月知事が本格的に隣国の言葉・韓国語を学び始めたと明言されたことをお伝えしておきます。 座談会が終わった後、雨森芳洲庵の平井茂彦前館長が自ら作られた朝鮮通信使行列図の人形をくださいました。2018年春に赴任して間もなく訪問し、朝鮮通信使行列の人形を見て韓国総領事館に展示できれば、と制作をお願いしたのが機縁となったもので、感慨深い伝達式でした。 伝達式の後、芳洲庵を管轄する長浜市の藤井勇治市長とお会いし、朝鮮通信使などを通じた地域交流を活発にするべく意見を寄せ合いました。 雨森芳洲庵の所在地は大阪韓国総領事館から最も遠方の地の一つであり、すべての業務を終えて帰阪すると漆黒の暗夜でした。

194j 尹東柱の命日に京都で開催された追悼行事とシンポジウム

「あゝ尹東柱」。詩人・尹東柱は「おお」や「ああ」などの感嘆詞を付けて呼ぶのがふさわしいように思います。若干27歳で無念の獄死を遂げた無惨さ、その詩の世界が湛(たゝ)える深い余韻のためです。 2月16日は尹東柱(ユン・ドンジュ 1917-45)の命日です。毎年この時期、詩人が最期に住んだ京都で二つの追悼集会が開かれます。 14日には、彼の下宿があった京都造形芸術大学高原キャンパス前で同学主催の追悼式と献花式が行われました。詩人の命日16日に催す慣例ですが、16日が日曜となり繰り上げたのです。暖冬のせいか、昨年の倍の百数十人が参列しました。 翌15日は、同志社大学コリア同窓会と尹東柱を讃える会の共催で、同志社大学の尹東柱詩碑と良心館において追悼会とシンポジウムが開催されました。この行事は詩人の命日の前週土曜日に開催するのが慣例です。 ことしは同志社大学の詩碑建立25周年の記念すべき年のため、当初は主催者が尹東柱の甥に当たる成均館大学の尹仁石教授ならびに東京や福岡など日本各地で尹東柱を讃える活動をする人々を招待した大型シンポジウムを企画していました。ところが、新型肺炎の問題で尹教授ほかが不参加となり、計画を大幅に修正することになりました。 このような事情があったものゝ行事は盛大で真摯に執り行われました。特に4月に同志社大学学長に就任される植木朝子教授(現副学長)は献花式の午後1時半からシンポジウム終了の午後5時まで参加され、国境を越える連帯を培った尹東柱の詩を讃える祝辞を献じました。 この日の企画変更されたシンポジウムにおいて、1995年に「空と風と星と詩・尹東柱、日本統治下の青春と死」というKBS-NHK共同ドキュメンタリーを制作した多胡吉郎氏(元NHKディレクター)が25年を回顧する講演を行い、質問の時間も持ちました。多胡氏は最近、取材をもとに書いた『生命の詩人・尹東柱』(影書房 2017)を出版し、2年前に韓国でも翻訳出版されています(생명의 시인 윤동주, 한울엠플러스 2018)。 多胡氏は尹東柱を「壁を越えた詩人」と評し、その詩は深いヒューマニズムに根ざした詩句により日韓の壁だけでなく世界中の人々の壁をつき崩す珠玉の作品だと述べました。また、1995年に同志社大学の尹東柱詩碑が起点となり、日本全国に尹東柱とその詩や詩碑が拡散された経緯をありありと解説してくれました。14日と15日、日本という異国の地で尹東柱とともに至福の時を過ごしました。

193j 韓国系の民族学校三校の高等学校卒業式に出席

2月15日(土)、京都国際学園・京都国際高等学校の2019年度卒業式が行われました。大阪韓国総領事館所管の民族学校三校の最後の卒業式でした。 韓国では新型コロナウイルス問題でさまざまな行事が取消しまたは延期になっています。日本でも最近になって感染経路が確認できない感染者が出るなど、深刻な状況に見えますが、行事の中止などは聞きません。対策がアバウトなのか無謀なのか、わかりかねます。 何はともあれ、民族学校の卒業式、とりわけ高等学校の卒業式は社会人としてのスタートという意味もあり、できる限り出席するようにしています。この方針のもと、コロナウイルス感染拡散の懸念があるなか、15日の卒業式に出席しました。1月31日(金)の白頭学院・建国高等学校を皮切りに、2月1日(土)の金剛学園・金剛高等学校を含め、大阪韓国総領事館所管の民族学校の高等学校卒業式の巡礼を終えました。 三校のなかで建国高等学校の卒業式は70回目で最も長い歴史を誇っています。ことしの卒業生43人を含め、これまでの卒業生は延べ4867人です。金剛高等学校は58回目で20名(延べ1397人)が卒業しています。京都国際高等学校は55回目で、ことし41人が卒業しました。 韓国系民族学校の卒業式といっても、それぞれ若干異なる特徴があります。建国高等学校の卒業式には「男性的なムード」をふんだんに感じました。三校とも講堂で行われましたが、建国高等学校はフロアだけで行事を行うので、形式的には最も民主的です。卒業式当日には、同校の伝統芸術部に対する韓国政府の伝統楽器伝達式もありました。伝統芸術部は昨年6月のムン・ジェイン大統領との在日コリアン懇談会など、地域内の各種行事において迫力満点の韓国伝統遊戯公演を通して韓国の美を伝えています。 金剛高等学校は生徒数が少ないためか一家族のような感じを受けました。卒業式のあいだに泪(なみだ)を流した生徒が最も多く、先輩と後輩間の距離が至近にあるようでした。 京都国際高等学校は、韓国籍の生徒より日本籍の生徒が倍以上多いのですが、行事のあいだほぼ韓国語で進行したことが、他の二校と比べ際(きわ)立っていました。この日、卒業式の最後には、卒業生を含む生徒全員が会場の前方に進み出て卒業歌と校歌を斉唱する感動的な姿を見せてくれました。卒業歌は日本語、校歌は韓国語で歌い、この場面で生徒も来賓も泪を拭(ぬぐ)っていました。 三校とも最近の第三韓流ブームにより生徒数が増え、特に高校生の増加が顕著です。ただし、全体的な人口減少のため、中学生は横ばいか減少傾向にあるといいます。

192j 2020年度事業に関する官民合同ワークショップを開催

在大阪韓国総領事館は、大阪・京都の2府および滋賀・奈良・和歌山の3県を管轄しています。地域ごとに組織された団体があり、地域を縦断して結成された団体もあります。大阪のような巨大地域には青年会や学生会の組織もあります。青年団体である大阪青年会議所や京都青年会議所も地域単位で活動しています。 地域縦断型の団体には民主平和統一諮問会議近畿地域協議会、ニューカマーの団体である在日本関西韓国人連合会、ヘイトスピーチ反対運動や民族教育支援活動を推進するコリアNGOセンター、世界韓人貿易協会(OKTA)大阪支会、在日本ハングル学校関西地域協議会などがあります。 韓国総領事館の主要業務の一つはこれらの団体と連携し、その関連行事に参画することです。ただ、多くの団体の行事が集中する場合は参加できないこともあります。 これら団体の行事の性格が類似していて参加者も重複し、効率が悪いと思うときもあります。さまざまな要因があるでしょうが、団体ごとのコミュニケーション不足、不十分な年度計画づくり、慣例どおりの行事運営なども考えられます。「設計図なき家作り」「スケッチなき絵画」方式の事業がこのような問題を引き起こしているかとも思われます。 このような問題意識に基づき、1月31日、各地の民団を含む20以上の団体が参加した「2020年度事業に関するコリアン代表のワークショップ」を韓国総領事館の主催で開催しました。本年度の総領事館の重点事業計画と各団体の主要行事についてそれぞれが説明し、協議する時間を持ったのです。 初めての試みであり、時間の制約もあって、突っ込んだ議論には至りませんでしたが、いくつか成果がありました。ふだん個別に活動している各団体が一堂に会し、会議したこと自体が最大の成果です。他の団体がどんな事業をいつ行うのかを知り、話し合った意義が大きかったと思います。今後、年度初めにこのような会議の場で協議すれば、従来よりも効率のよい仕事ができるという考えを共有したのも大きな成果でした。 今回のワークショップを通じて、コリアンの団体間における水平コミュニケーションが円滑でないことが明らかになりました。活動地域も重なるので、互いに協議し協力すれば、より高次の事業展開ができるはずですが、率先して提案しにくい事情もあるのでしょう。ワークショップを通じて総領事館の新たな業務を見出したように思います。

191j 韓国在外同胞財団、ハングル学校教師を対象に現地研修会を実施

韓国以外の外国において韓国語教育を担う公的機関は三つあります(国ごとに多少事情が異なります)。韓国外交部が所管し在外同胞財団が運営するハングル学校、教育省所管の韓国教育院、文化観光体育部所管の世宗学堂です。 三つの機関は、それぞれ独自の目的と背景により設立され、運営されています。ハングル学校は主に在外コリアン子弟に韓国語を教え、韓国教育院も外国における韓国語教育など民族教育を担っています。世宗学堂は外国人を対象に韓国語と韓国文化の普及に携わっています。国や地域によってはこれら機関が一つもないところがあり、すべてある地域もあります。大阪は三つの機関がすべてある代表的な都市の一つです。 韓国語教育を実施する機関が多いことには一長一短があります。韓国語学習者の需要に応じるには多ければ多いほどよいといえます。ただし、同じ地域内に同じ機能の機関が並存すると、維持管理面で「めまい症」が生じることも避けられません。とりわけ韓国語学習者からは、同じことを複数の機関が競合して実施していると見られがちです。また、在日コリアン住民が多い大阪の場合、国籍に基づいて受講者を区別し教育するのはむずかしく、その意味もありません。こうした事情のため「同じ業務にダブる機関」という印象が余計に強くなるのです。 大阪地域には民族学校と民族学級もあり、他の地域に比べ韓国語教育の機会が多くあります。それでも、広範な地域に住むコリアンが韓国語教育を受けるのは必ずしも容易ではありません。ハングル学校は、こうした地域のコリアンのために韓国語教育を担っているのです。在日本ハングル学校関西地域協議会によると、民団支部の建物などを活用して土曜学校や日曜学校として49ヵ所でハングル学校を運営しています。ただ、教師の待遇は非常に厳しいそうです。 在外同胞財団が日本のハングル学校教師を対象にことし初めて大規模な現地研修会を実施しました。東京(1月27-29日)に続き、大阪で30-31日に関西ハングル学校教師研修会を開催しました。 研修会を主催した在外同胞財団のハン・オソン理事長は、韓国語を介した在日コリアンのアイデンティティ確立のため、教師研修と次世代在日コリアンの韓国招聘事業を強化したいと述べました。今回の日本におけるハングル教師研修会は財団の意志の表れだとも述べました。研修会に参加した50人余りの教師たちも、こうした教師研修は初めてであり大いに有益だと評価し、財団の継続的な関心と支援を要請しました。

190j 生野コリアタウンの施設に関する提案に松井市長が即答

関西地域(兵庫県を含む)には18の総領事館があり、関西領事団も組織されて活動しています。最も滞在期間が長い総領事が領事団の団長に就(つ)きます。昨年末、長年その任にあったパナマ総領事が帰国したのに伴い、オーストラリア総領事が新団長に就任しました。 関西領事団に属す国のうちパナマとフランスが大阪以外に総領事館を置いています。業務の大半が海事がらみのパナマは港湾都市神戸に総領事館、文化に重点を置くフランスは京都に総領事館と文化院を設置しています。 韓国はコリアンが多く住む神戸にも総領事館を置いているので、大阪総領事館と神戸総領事館が関西領事団に参加しています。 大阪府知事と大阪市長は毎年初めに関西領事団を招いて府・市の政策を説明するとともに、領事団と意見交換するセミナーを開催しています。ことしは4回目だそうです。府知事と市長が各国の行事にすべて参加するのは難しいので、こういう場を作ったものと思われます。 1月24日、昨年G20サミットのディナー会場となった大阪迎賓館において恒例のセミナーが開催されました。昨年は災害発生時における外国人への発信がテーマでしたが、ことしは新型肺炎が主要テーマになりました。中国領事は、地方政府との協力とともにフェイク・ニュース拡散を防止するよう依頼しました。 新型肺炎の話が終わったあと、私は生野コリアタウンの問題を提起しました。「生野区は日本のなかでも住民に占める外国人の割合が特に高く、在日コリアンが2-3万人集住しています。コリアタウンと呼ばれる御幸通商店街には、日本の若い人たちが毎日1万人以上訪れ、異文化を満喫しています。大阪の多文化共生と国際化にとって象徴的な場所であり、その方向に沿って発展されるよう望みます。韓国総領事館もできる限り支援する意向ですので、大阪府と大阪市におかれましても積極的にご支援くださるようお願いいたします。当地の商業関係者の話では、訪問者数に比べてトイレと休憩スペースが不足し困っているそうです」 発言が終わるとすぐ、松井一郎大阪市長が次のように応答しました。 「生野コリアタウンが多様な文化の坩堝(るつぼ)であることをよく承知し、トイレ等の施設不足についても熟知しています。このような状況に対応すべく担当部署に指示しており、本年上半期には解決できるように努める所存です。韓国総領事館におかれましても、さらなる日韓交流の推進にご協力くださるようお願いいたします」 松井市長の回答を聞き、私は「うれしい気持ちと驚きが半々」でした。日本の行政庁の責任者がこのような公的な場において提案に対し具体的で明確に答えるのは非常に異例だからです。生野コリアタウンが今後どのように変わっていくのか、楽しみながら見守りたいと思います。

189j 韓国系民族教育が盛んな関西地方

日本に4校ある韓国系民族学校のうち3校は大阪府(2校)と京都府(1校)にあり、関西地方は全国で最も韓国系民族教育が盛んな地域だといえます。ほかに、2006年に新設されたコリア国際学園も大阪府(茨木市)にあります。また、大阪府の公立小中学校に設けられた<民族学級>では、生徒約3千人が民族講師50人ほどから韓国語と韓国の文化や歴史について学んでいます。 関西地方で民族教育が盛んになった最大の理由は在日コリアン住民の多さですが、それだけで民族教育が盛んになったわけではありません。民族教育を育(はぐく)み、日本社会のなかで活かし維持しようとした多くの人びとの血と汗と泪(なみだ)があったからこそ盛んになったのです。 その代表的な事件が阪神教育闘争です。在日コリアンが設立した朝鮮学校に対する閉鎖令(文部省学校局長の全国知事に対する通達1948.01.24に伴う各地の動き)に対抗し、神戸・大阪を中心に反対運動が起こりました。そんな状況のなか、1948年4月26日、大阪府警前で抗議デモに参加していたキム・テイル君(16歳)が警官に銃撃され死亡しました。 いまも各地の民族教育の現場では、日本への同化圧力に抗しながら韓国人のルーツを守ろうとする多くの人びとの厳しい戦いが続いています。水面下で活動する多くの教師や活動家などの尽力が関西地方の民族教育を支えている、といっても過言ではないのです。 総領事館では、年末年始にかけて各分野で在日コリアン社会の和合と発展に尽力した人びとに総領事表彰状を授与しました。1月21日には最も多い教育関係者12人の授与式を行い、食事の席を設けました。 受賞者は分野別に、民族学級5人、韓国語教育4人、民族学校3人です。それぞれの受賞理由やこれまでの経緯は多様ですが、代表として話した4人のあいさつの要点を以下に紹介します。 パク・リョンフィ:民族教育推進連絡会 生野区で育ったコリアン2世。日本の学校に通って多くの差別を受けたので、成人したら差別をしない教師になろうと決心した。その決意を実行し民族講師になる道を選んだ。民族講師をしながら、むしろ生徒や親たちから多くのことを学んでいる。 コ・ヨンチョル:同胞保護者連絡会 民族学校の存在を知ったことが人生の画期になった。その時から韓国名を使い始め、ことしで20年になる。同胞保護者連絡会は成人の民族学級ということができる。今回の受賞は、新しい生活をスタートして20年を記念する成人式のようなものだ。今後とも自分のルーツを大事にする実践をしながら生きていきたい。 キム・ジュウン:金剛学園教員 北京の韓国学校に教師として派遣されていたとき、大阪に民族学校があることを知った。それが機縁となり現在に至っているが、来日当初は民族教育という概念さえ理解できなかった。経験を積んで民族教育の重要性を理解し、民族学校とコリアン社会、韓国総領事館や韓国教育院と協力してこそ民族教育を持続できることに気づいた。 パク・チョンジャ:滋賀民団湖西支部職員 家が民団支部に近いこともあり、1978年から民団支部の事務局で働いている。30代の母親として始めた仕事が、その後42年、私の毎日となった。民団支部に所属して7年のあいだ教育院の講師から学んだ韓国語を基盤に、今では4支部で韓国語の講師をしている。年齢を重ね引退も考えたが、今回の受賞を機に新たな力を得たように思い、引退を再考するつもりだ。 授賞式の後、夕食を共にしながら、ほかの人の話も聞きました。残念ながら割愛させていただきます。

188j 未来志向の日韓関係: 関西から築く日韓友好

総領事としてたまに講演を依頼されることがあります。講演は、日本社会や在日コリアン社会とコミュニケーションを図り、韓国政府の政策を広報する絶好の機会です。 とはいえ、講演の準備はかなり大変です。講演対象とテーマに応じて内容をアレンジし推敲を重ねるのは体力仕事より数倍難しいのです。型どおりの話や講演者のセンスと特色が表れないものは無意味なため、ほかの仕事よりはるかに精神を集中しなければなりません。 昨年末、在日韓国奨学会から講演依頼を受け、1月18日(土)に学会事務局がある大阪韓国人会館2階の会議室で講演しました。日本では年末年始が9連休だったので準備負担は少ないと考えたのですが、体力的には楽でも頭のなかは講演準備一色という、あまり快適でない長い連休を過ごしました。もちろん、講演後は講演してよかったという満足感と達成感を感じましたが。 与えられた講演テーマは「未来志向の日韓関係: 関西から築く日韓友好」でした。講演対象は奨学金を受けている奨学生青年とのことでしたが、実際は彼ら20人ほどのほか奨学会の代表や取締役と民団幹部など約60人が出席しました。 講演の冒頭で古代から現在に至る朝鮮半島と関西地方の関係を振り返り、最近の日韓対立の状況とその要因を明らかにしました。古代から朝鮮半島との交流の歴史が最も長く、在日コリアンが最も多く住む関西地方、韓国人観光客が最も多く訪れる関西地方こそ、その特長を活かして日韓友好をリードしていくべきだと訴えました。 1時間ほどの講演の後、学生ほか5-6人が進んで質問し自ら意見を表明するなど、実りあるやり取りがありました。ある在日コリアン参加者は、日韓関係が難局にあるなか、生活現場をふまえ「観念ではなく足で歩いて」良好な関係を作っていくべきだとコメントしました。まったく同感です。 在日韓国奨学会の関係者によると、韓国総領事が奨学会で講演したのも、講演会に大阪民団の団長ほか幹部が出席したのも初めてということです。今回の講演会が総領事館と奨学会、奨学会と民団の距離を近づけるのに多少なりとも貢献できたとすれば幸いです。 在日韓国奨学会は、朝鮮戦争後の1956(昭和31)年に関西地方の大学院生と大学生が中心になって設立され、これまで800人余りの奨学生を育てたといいます。主に関西地方に在学する学生を対象に、毎年20人前後に月額3万円の奨学金を提供しているそうです。奨学会は、在日コリアン系の文化団体として最も長い歴史を誇り、奨学金を寄付した人物や団体の名前を付した奨学金制度も運営しています。 2017年、徐龍達名誉会長は韓国政府から奨学会運営などの功績を認められ、韓国最高位の勲章ムグンファ賞を受賞しています。

187j 京都民団主催の新年会と大阪民団主催の新年会

1月は新年会の季節でもあります。1月も三分の一が過ぎたのに、さまざまな新年会が続いています。 大阪総領事館所管の2府3県(大阪・京都・滋賀・奈良・和歌山)の民団も10日から12日にかけて新年会を開催しました。同じ日に複数の地で開かれることもあり、私ほか総領事館の職員が手分けして出席しました。 10日の京都民団と11日の大阪民団の新年会には私が出席しました。日本では毎年1月の第2月曜日が<成人の日>の祝日に当たり、新年会は例年、成人の日の前に開催されます。 京都民団主催の新年会と大阪民団主催の新年会は、同じ民団の行事でありながら、会場のムードがまったく違います。京都はホテルの会場、大阪は民団ビルで開催しましたが、京都会場は洗練されており、大阪会場には豊かさがあります。ちなみに、大阪民団ビルは日本の民団で最大規模を誇り、大ホールは500人以上収容できます。 二つの会場のムードの違いはそれだけにとどまりません。京都はバイオリン二重奏団を招いて行事前に演奏し、大阪は行事の後、会場に韓国料理中心のビュッフェを設けて賑やかにあいさつを交わしたことにも両者の違いがみられます。二つの新年会に参加した日本人も「同じ民団なのにムードがまったく違う」と言っていました。同じく在日コリアンでも、定着して暮らす都市の文化が反映されるのではないか、と私は考えています。優雅な京都と実用的な大阪の差が、日本人だけでなく、そこに住む在日コリアンにも浸透しているのです。 もちろん、似ていることもあります。京都でも大阪でも日韓双方の参加者が、ことしは昨年より日韓関係がよくなってほしいという期待感を異口同音に語っていました。そして、政府間に軋轢(あつれき)があっても、民間・地方間において日韓が良好な関係を保つことを確認しました。 日本の国会議員と地方議員が多く参加したことも二つの新年会に共通しています。約200人参加した京都の新年会は、日本の中央と地方の政治家や自治体関係者などが三分の一ほどを占めました。大阪の新年会でも、自民・公明・立憲民主・日本共産の各党と日本維新の会を含め10人余りの国会議員がコリアンと共に新年を祝いました。 立憲民主党を代表して挨拶した辻元清美議員は「横におられる元国会議員の先輩のお話しでは、40年前、民団の新年会に出席した国会議員はお一人だったそうです…いま日韓関係が難局にあるというのに、ほとんどすべての党の議員が参加するほど在日コリアンの影響力が大きくなった」と述べました。足元だけ見れば昔も今も世界は変わらないが、目を上げて遠くを見ると、大きな変化に気づくということを言っていました。厳しい環境のなかで踏ん張ってきたコリアンたちの努力が、自身も気づかないうちに、かくも大きな変化をもたらしたのだと思います。