190 간사이영사단 세미나에서 이쿠노구(生野區) 코리아타운의 문제를 건의

효고현(고베 神戸)을 포함한 간사이지역에는 18개의 총영사관이 있다. 간사이지역 영사단도 구성되어 활동하고 있다. 영사단장은 가장 오래 근무한 총영사가 하는 것이 관례이다. 그동안 쭉 파나마총영사가 맡고 있다가 그가 지난해 말 귀국하면서 오스트레일리아총영사로 바톤이 넘어갔다. 간사이영사단에 속해 있는 나라 중 오사카부 이외의 지역에 총영사관을 두고 있는 나라는 파나마와 프랑스이다. 해사와 관련한 일이 대부분인 파나마는 항구도시인 고베에 총영사관이 있고,…

189j 韓国系民族教育が盛んな関西地方

日本に4校ある韓国系民族学校のうち3校は大阪府(2校)と京都府(1校)にあり、関西地方は全国で最も韓国系民族教育が盛んな地域だといえます。ほかに、2006年に新設されたコリア国際学園も大阪府(茨木市)にあります。また、大阪府の公立小中学校に設けられた<民族学級>では、生徒約3千人が民族講師50人ほどから韓国語と韓国の文化や歴史について学んでいます。 関西地方で民族教育が盛んになった最大の理由は在日コリアン住民の多さですが、それだけで民族教育が盛んになったわけではありません。民族教育を育(はぐく)み、日本社会のなかで活かし維持しようとした多くの人びとの血と汗と泪(なみだ)があったからこそ盛んになったのです。 その代表的な事件が阪神教育闘争です。在日コリアンが設立した朝鮮学校に対する閉鎖令(文部省学校局長の全国知事に対する通達1948.01.24に伴う各地の動き)に対抗し、神戸・大阪を中心に反対運動が起こりました。そんな状況のなか、1948年4月26日、大阪府警前で抗議デモに参加していたキム・テイル君(16歳)が警官に銃撃され死亡しました。 いまも各地の民族教育の現場では、日本への同化圧力に抗しながら韓国人のルーツを守ろうとする多くの人びとの厳しい戦いが続いています。水面下で活動する多くの教師や活動家などの尽力が関西地方の民族教育を支えている、といっても過言ではないのです。 総領事館では、年末年始にかけて各分野で在日コリアン社会の和合と発展に尽力した人びとに総領事表彰状を授与しました。1月21日には最も多い教育関係者12人の授与式を行い、食事の席を設けました。 受賞者は分野別に、民族学級5人、韓国語教育4人、民族学校3人です。それぞれの受賞理由やこれまでの経緯は多様ですが、代表として話した4人のあいさつの要点を以下に紹介します。 パク・リョンフィ:民族教育推進連絡会 生野区で育ったコリアン2世。日本の学校に通って多くの差別を受けたので、成人したら差別をしない教師になろうと決心した。その決意を実行し民族講師になる道を選んだ。民族講師をしながら、むしろ生徒や親たちから多くのことを学んでいる。 コ・ヨンチョル:同胞保護者連絡会 民族学校の存在を知ったことが人生の画期になった。その時から韓国名を使い始め、ことしで20年になる。同胞保護者連絡会は成人の民族学級ということができる。今回の受賞は、新しい生活をスタートして20年を記念する成人式のようなものだ。今後とも自分のルーツを大事にする実践をしながら生きていきたい。 キム・ジュウン:金剛学園教員 北京の韓国学校に教師として派遣されていたとき、大阪に民族学校があることを知った。それが機縁となり現在に至っているが、来日当初は民族教育という概念さえ理解できなかった。経験を積んで民族教育の重要性を理解し、民族学校とコリアン社会、韓国総領事館や韓国教育院と協力してこそ民族教育を持続できることに気づいた。 パク・チョンジャ:滋賀民団湖西支部職員 家が民団支部に近いこともあり、1978年から民団支部の事務局で働いている。30代の母親として始めた仕事が、その後42年、私の毎日となった。民団支部に所属して7年のあいだ教育院の講師から学んだ韓国語を基盤に、今では4支部で韓国語の講師をしている。年齢を重ね引退も考えたが、今回の受賞を機に新たな力を得たように思い、引退を再考するつもりだ。 授賞式の後、夕食を共にしながら、ほかの人の話も聞きました。残念ながら割愛させていただきます。

189 민족교육을 키우고 살리려는 사람들의 피와 땀과 눈물

오사카 등 간사이지역은 일본에서 민족교육이 가장 활발한 곳이다. 한국계 민족학교 4개 중 3개가 간사이지역(오사카 2, 교토 1)에 있다. 이외도 2006년 오사카부 이바라키시에 새로 생긴 코리아국제학원도 있다. 또 오사카부의 공립 초중학교에 설치된 ‘민족학급’에서 3천여명의 학생이 50여명의 민족강사로부터 우리말, 우리문화, 우리역사를 배우고 있다. 간사이지역에 민족교육이 활발한 것은 재일동포가 많이 살고 있는 것이 가장 큰 이유일 것이다. 그러나…

188j 未来志向の日韓関係: 関西から築く日韓友好

総領事としてたまに講演を依頼されることがあります。講演は、日本社会や在日コリアン社会とコミュニケーションを図り、韓国政府の政策を広報する絶好の機会です。 とはいえ、講演の準備はかなり大変です。講演対象とテーマに応じて内容をアレンジし推敲を重ねるのは体力仕事より数倍難しいのです。型どおりの話や講演者のセンスと特色が表れないものは無意味なため、ほかの仕事よりはるかに精神を集中しなければなりません。 昨年末、在日韓国奨学会から講演依頼を受け、1月18日(土)に学会事務局がある大阪韓国人会館2階の会議室で講演しました。日本では年末年始が9連休だったので準備負担は少ないと考えたのですが、体力的には楽でも頭のなかは講演準備一色という、あまり快適でない長い連休を過ごしました。もちろん、講演後は講演してよかったという満足感と達成感を感じましたが。 与えられた講演テーマは「未来志向の日韓関係: 関西から築く日韓友好」でした。講演対象は奨学金を受けている奨学生青年とのことでしたが、実際は彼ら20人ほどのほか奨学会の代表や取締役と民団幹部など約60人が出席しました。 講演の冒頭で古代から現在に至る朝鮮半島と関西地方の関係を振り返り、最近の日韓対立の状況とその要因を明らかにしました。古代から朝鮮半島との交流の歴史が最も長く、在日コリアンが最も多く住む関西地方、韓国人観光客が最も多く訪れる関西地方こそ、その特長を活かして日韓友好をリードしていくべきだと訴えました。 1時間ほどの講演の後、学生ほか5-6人が進んで質問し自ら意見を表明するなど、実りあるやり取りがありました。ある在日コリアン参加者は、日韓関係が難局にあるなか、生活現場をふまえ「観念ではなく足で歩いて」良好な関係を作っていくべきだとコメントしました。まったく同感です。 在日韓国奨学会の関係者によると、韓国総領事が奨学会で講演したのも、講演会に大阪民団の団長ほか幹部が出席したのも初めてということです。今回の講演会が総領事館と奨学会、奨学会と民団の距離を近づけるのに多少なりとも貢献できたとすれば幸いです。 在日韓国奨学会は、朝鮮戦争後の1956(昭和31)年に関西地方の大学院生と大学生が中心になって設立され、これまで800人余りの奨学生を育てたといいます。主に関西地方に在学する学生を対象に、毎年20人前後に月額3万円の奨学金を提供しているそうです。奨学会は、在日コリアン系の文化団体として最も長い歴史を誇り、奨学金を寄付した人物や団体の名前を付した奨学金制度も運営しています。 2017年、徐龍達名誉会長は韓国政府から奨学会運営などの功績を認められ、韓国最高位の勲章ムグンファ賞を受賞しています。

188 미래지향의 한일관계-간사이(關西)가 리드하는 한일우호

총영사로서 가끔 강연을 요청받는 경우가 있다. 강연은 일본 사회, 또는 재일동포 사회와 소통을 하고, 한국정부의 정책도 알릴 수 있는 좋은 기회이다. 그러나 강연은 준비과정이 힘들다. 대상이 누구인지, 주제가 무엇인지에 따라, 내용을 배치하고 가다듬어야 하기 때문에 몸으로 때우는 일보다 몇 배 어려운 것 같다. 더구나 너무 판에 박은 얘기가 아닌 나의 냄새와 색깔이 묻어 있지 않으면…

187j 京都民団主催の新年会と大阪民団主催の新年会

1月は新年会の季節でもあります。1月も三分の一が過ぎたのに、さまざまな新年会が続いています。 大阪総領事館所管の2府3県(大阪・京都・滋賀・奈良・和歌山)の民団も10日から12日にかけて新年会を開催しました。同じ日に複数の地で開かれることもあり、私ほか総領事館の職員が手分けして出席しました。 10日の京都民団と11日の大阪民団の新年会には私が出席しました。日本では毎年1月の第2月曜日が<成人の日>の祝日に当たり、新年会は例年、成人の日の前に開催されます。 京都民団主催の新年会と大阪民団主催の新年会は、同じ民団の行事でありながら、会場のムードがまったく違います。京都はホテルの会場、大阪は民団ビルで開催しましたが、京都会場は洗練されており、大阪会場には豊かさがあります。ちなみに、大阪民団ビルは日本の民団で最大規模を誇り、大ホールは500人以上収容できます。 二つの会場のムードの違いはそれだけにとどまりません。京都はバイオリン二重奏団を招いて行事前に演奏し、大阪は行事の後、会場に韓国料理中心のビュッフェを設けて賑やかにあいさつを交わしたことにも両者の違いがみられます。二つの新年会に参加した日本人も「同じ民団なのにムードがまったく違う」と言っていました。同じく在日コリアンでも、定着して暮らす都市の文化が反映されるのではないか、と私は考えています。優雅な京都と実用的な大阪の差が、日本人だけでなく、そこに住む在日コリアンにも浸透しているのです。 もちろん、似ていることもあります。京都でも大阪でも日韓双方の参加者が、ことしは昨年より日韓関係がよくなってほしいという期待感を異口同音に語っていました。そして、政府間に軋轢(あつれき)があっても、民間・地方間において日韓が良好な関係を保つことを確認しました。 日本の国会議員と地方議員が多く参加したことも二つの新年会に共通しています。約200人参加した京都の新年会は、日本の中央と地方の政治家や自治体関係者などが三分の一ほどを占めました。大阪の新年会でも、自民・公明・立憲民主・日本共産の各党と日本維新の会を含め10人余りの国会議員がコリアンと共に新年を祝いました。 立憲民主党を代表して挨拶した辻元清美議員は「横におられる元国会議員の先輩のお話しでは、40年前、民団の新年会に出席した国会議員はお一人だったそうです…いま日韓関係が難局にあるというのに、ほとんどすべての党の議員が参加するほど在日コリアンの影響力が大きくなった」と述べました。足元だけ見れば昔も今も世界は変わらないが、目を上げて遠くを見ると、大きな変化に気づくということを言っていました。厳しい環境のなかで踏ん張ってきたコリアンたちの努力が、自身も気づかないうちに、かくも大きな変化をもたらしたのだと思います。

187 교토 민단 주최 신년회 및 오사카 민단 주최 신년회

1월은 신년회의 계절이다. 벌써 1월도 3분의 1이 지나가고 있는데 각종 신년회가 아직도 계속 이어지고 있다. 오사카총영사관이 담당하고 있는 2부3현(오사카부, 교토부, 시가현, 나라현, 와카야마현)의 민단도 10일부터 12일까지 각기 신년회를 했다. 하루에 여러 곳에서 열리기도 해, 나를 비롯해 총영사관 직원들이 지역을 나누어 참석했다. 나는 10일에 열린 교토 민단 신년회와 11일의 오사카 민단 신년회에 참석했다. 일본은 매년 1월…

186j 総領事館の職員とトックッを食べ新しい1年をスタート

2020年、庚子(かのえね、コウシ)年の新しい1年がスタートしました。ミレニアムバグだ、Y2K問題だと騒ぎ立てたのがつい昨日のことのようですが、いまや21世紀第三の10年が始まった、という感慨を新たにしています。 庚子年は私の干支(えと)で、ことし還暦を迎えました。「百歳時代」といわれる昨今、多少は慰められるものの、我ながら年をとったものだと実感します。 日本では政府をはじめ多くの機関や企業の仕事始めは1月6日(月)でした。大阪総領事館も昨年末27日の仕事納めから前後の週末を含めて9連休、日本の暦に合わせて長期連休を取り、6日が仕事始めでした。 総領事館改築に伴う臨時のビルという事情もあり、職員だけ集まって簡素に仕事始めの行事を行い、昼食時に会議室で職員とトックッ(トッ[餅]・クッ[汁])を食べて新しい1年のスタートとしました。 昨年末の日産自動車前会長カルロス・ゴーン氏のスパイ映画さながらの脱出劇、年初の米国によるイラン軍指導者の暗殺事件が世界を驚かせましたが、大阪は比較的穏やかな連休を過ごしました。 昨年は日韓関係が大きく悪化し、コリアンにとっても総領事館の職員にとっても緊張の連続でした。ことしは総領事館にできる範囲でよりよい関係となるよう尽力することを、新年の誓いとしました。 また、在日コリアンと韓国国民から批判ではなく好意を受ける総領事館になるように努め、新年の誓いで終わることなく、行動と実践と結果に結びつけ、年末に外部の人々から高評価を受けられるようにしようと述べました。 総領事館の仕事始めの後、大阪府・大阪市・経済三団体(大阪商工会議所、関西経済連合会、関西経済同友会)合同の仕事始めの会場を訪ねました。府知事をはじめ複数の関係者の話を通じ、ことしの大阪地域における主要トピックが、年末に予定される大阪府・市の統合を問う住民投票と2025年の大阪万博を控えた地域の活性化だということがわかりました。

186 함께 직원들과 떡국을 먹는 것으로 새로운 1년을 시작했다

2020년 경자년의 새해가 시작되었다. 밀레니엄 버그니 2K문제니 하며 법석을 떨던 때가 엊그제 같은데 벌써 21세기의 세번째 10년이 시작된다니 감회가 새롭다. 더구나 경자년은 내가 태어난 해의 간지이기도 하다. 벌써 한바퀴 돌아왔으니, 나도 제법 연식이 됐음을 느낀다. 그래도 ‘100살 시대’가 구가되고 있는 시대라는 점에 다소 위안이 되지만. 올해 일본에서는 정부를 비롯한 대부분의 기관 및 기업이 1월6일 월요일부터…

185j 大阪総領事館の新館、20年3月着工、22年5月に完成予定

大阪総領事館の新築工事を担う建設会社が、ようやく前田建設工業株式会社に決まりました。同社は売上高(2019年)において日本の建設会社で第9位です。 12月25日、大阪総領事館と前田建設が工事契約を結びました。クリスマスの日の契約は忘れられない日になるでしょう。年を越さずに大きな節目を迎えることができ、肩の荷を一つおろしたように感じます。 契約に基づき、工事は2020年3月15日に始まり、22年5月13日に完成します。完工すれば、大阪の中心部の繁華街、御堂筋通りにあった旧館の位置に地下1階・地上11階の超モダンな建物が出現します。 当初の予定では19年6月に着工、21年末の完工を目標にしていました。ただし、大阪の建設業界の競争が熾烈なため、業者選定に時間を費やし、予定していた工期より遅くなりました。急速に悪化した日韓関係も多少影響したと思われます。 困難な状況にあった70年代初め、十匙一飯という韓国の諺どおり在日コリアンが一丸(いちがん)となって募った資金で建設し、韓国政府に寄贈した大阪総領事館の旧館。契約式に臨んでその歴史を思い起こし、日韓友好を象徴する斬新なビルを建設するよう建設業者に依頼しました。 道頓堀近く御堂筋通りに面した大阪総領事館の旧館は「御堂筋に太極旗を」翻(ひるがえ)すことを願った関西地域の在日コリアンが募金活動を行い建設したものです。1972年11月7日に着工し、74年9月15日に完成した地下2階・地上9階のビルは完成と同時に韓国政府に寄贈され、大阪総領事館として使われてきました。 建設から長年経(た)ち、1995年の阪神大震災で亀裂が生じるなど、建て替えを余儀なくされる状況となりました。韓国政府は在日コリアンが建てた「御堂筋の総領事館」というシンボル性と歴史を考慮して同じ場所に建て替えることにし、18年8月から解体作業を始め、19年2月に解体工事を終えました。 建て替え工事に入ってから大阪総領事館は船場郵便局の近くにある近江ビルの臨時庁舎において業務を行っています。