104j 2018年の仕事納め

12月28日(金)は2018年の仕事納めの日です。韓国の年越しは元旦だけが休日です。日本でも韓国と同じように、公式の休日は1月1日だけなのですが、その前後、土日を含んで一週間ほど休むことが慣例になっています。それで、日本地域の韓国公館もこれに合わせて仕事納め・始めをします。 大阪総領事館も12月28日が仕事納めで、新年1月4日が仕事始めです。12月28日の午後には、1階の講堂で飲み物やお菓子、フルーツなどでささやかな仕事納めをしました。一部の職員は外部の活動や申請業務があるため、全職員が一堂に会すことはできませんでしたが、お互いを励まし一年を終える有意義な行事だったと思います。 仕事納めをした講堂は、11月17日から始まった民族学校・民族学級生徒による美術作品を展示しているので、一層意義深かったと思います。私たちは、この展示会を準備する過程で、この場所を「ドリームギャラリー」と名付けました。いま振り返っても妙案だったと思います。この展示会は、これまで在日コリアンや韓国国民が疎遠に感じていたであろう総領事館を、互いに行き交う親しみあるスペースに変えようとする企画の産物です。 特に、在日社会の未来を担う若い青少年コリアンと行き交う場所という点では、ドリームギャラリーという名称はとても適切だと思います。また、さらに低姿勢で親切に国民に奉仕する公館になろうという私たちの運営方針を象徴するスペースだとも思います。 大阪総領事館の職員は、きょうの仕事納めにおいて、2018年に関西地域を襲った数々の災害に際してよく協力して克服したように、来年も「奉仕する」総領事館になるようさらに努力する決意を新たにしました。 来年も多くのご激励とご支援をお願いし、大阪総領事館を代表して年越しのご挨拶とさせていただきます。 「みなさん、一年を有終の美でしめくくり、よい新年をお迎えください」

104 오사카총영사관도 일본의 관례를 따라 12/29부터 1/3까지 쉽니다

12월28일은 한 해의 업무를 마감하는 날입니다. 우리나라는 해를 넘길 때 새해 첫날만 휴일입니다. 그러나 일본의 경우는 좀 다릅니다. 우리나라처럼 공식으로 쉬는 날, 즉 빨간 글씨는 1월1일 하루이지만, 새해를 전후해 일주일 정도(토일 포함) 쉬는 게 관례입니다. 일본지역 한국 공관도 이에 맞춰 업무를 조정합니다. 그래서 오사카총영사관도 12월28일 문을 닫고(종무식), 내년 1월4일부터 문을 다시 엽니다.(시무식) 오사카총영사관은 이날 오후에…

103j 日韓の文化差; 国立民族学博物館

先週ソウルで開かれた在外公館長会議に出席して戻って来ました。それで、気持ちの上でも時間的にも忙しく過ごしています。日韓の間には、物理​​的な時差はないのですが、明らかに文化的な差「文化差」ともいうべきものがあることを感じます。 そんな文化差のなか、大阪でのルーティン業務に復帰した初日の20日、吹田市にある国立民族学博物館を訪問しました。ずっと続けてきた業務ですが、しばらくの空白と文化差のせいか不馴れな感じがします。 国立民族学博物館は、1970年に大阪万博が開かれた場所(現在は自然文化公園)に位置しています。博物館のすぐ近くに大阪万博のシンボル「太陽の塔」が立っています。 1977年に開館した博物館は、民族博物館として世界最大規模だといいます。この博物館の施設は大学院教育の機能も備えており、文化人類学などの博士を輩出しているそうで、これも世界で唯一だそうです。 吉田健司館長ほかにお会いし、博物館の説明を聞き、文化を通じた交流の活性化と友好増進のために協力しようと話しました。もちろん、参加者全員が文化に対する理解が交流の基本であるということを共有しました。 吉田館長との面談を終えて韓国文化の専門家である太田新平博士の案内で、東アジア館の韓国文化と日本文化の展示だけを見学しました。今回は時間がなく、短縮した部分的な見学にとどまりましたが、次はぜひ全体を見たいと思います。 展示館はオセアニアを皮きりに、東に戻って世界を一周した後、最後に日本に到達するようになっています。全体を見るのに約4時間かかるそうです。展示物の構成もよく、日本特有の繊細さを加えた家屋などのミニ展示物も実に精巧にできています。

103 한일 사이에 있는 문화적 시차; 국립민족학박물관 방문

지난 주 서울에서 열린 공관장회의에 참석했다가 돌아오니, 정신적으로 물리적으로 바쁘다. 한일 사이에는 물리적 시차가 없지만, 문화적 시차가 있다는 것도 확실하게 느낀다. 오사카 업무 복귀 첫날인 20일에는 오사카부 스이타시에 있는 국립민족학박물관을 방문했다. 쭉 해오던 일이지만 잠시의 공백 때문인지 왠지 낯설다. 국립민족학박물관은 1970년 오사카 만국박람회가 열렸던 장소(지금은 자연문화공원)에 자리 잡고 있다. 박물관 바로 당시 오사카 만박의 상징물…

102j 大阪道修町にある創業300年の小野薬品工業

4月に赴任して以来、所管地域の主要企業を訪問しています。6月の三洋化成工業を皮切りに、パナソニック、日本電産、京セラ、オムロン、村田製作所、大和ハウス工業など、さまざまな会社を訪問しました。そして、12月7日、ことし最後の日程として、小野薬品工業の本社を訪問しました。 小野薬品工業は、2018年のノーベル生理学医学賞を受賞した本庶佑京都大学特別教授の研究をもとに、免疫システムを利用したがん治療薬「オプジーボ」を開発し、販売している会社です。大阪総領事館の臨時オフィスから徒歩5分程度の至近距離にある会社だということを、今回の訪問を準備するなかで初めて知りました。そこで、相良暁社長にお会いするとすぐ「隣人として、このように世界的な話題になる会社が現れたことをお祝いします」とあいさつしました。 江戸時代から薬種問屋街で、現在も薬品関連企業が軒を連ねる道修町(どしょうまち)において、小野薬品工業の前身は300年前(1717年)に薬剤商としてスタートし、1947年に製薬会社に転換しました。現在は3500人程度の従業員が勤務する、日本では中規模の製薬会社です。日本の大規模な製薬会社の社員数は7千人以上に上るそうです。同社は韓国にも50人規模の販売会社を運営しています。 小野薬品工業の優れたところは、中規模の会社でありながら、大企業にとっても難しい、長期に及ぶ投資を通じてオプジーボのような画期的な新薬を開発したことにあります。もちろん、関西地域には京都大学や大阪大学など、基礎医学研究が充実した大学が多く集まっており、新薬を開発する環境が整っているといえます。それでも、中規模の会社が新薬開発に手を出すのはリスクが大きいと言わなければなりません。相良社長は「新たな領域に挑戦する社風と研究欲、これを支え新たな市場を開拓しようとする経営陣の決断が、このような結果をもたらしたのです」と述べました。 同社長はまた、韓国法人の本社にも韓国人のほかさまざまな国の人材がいるといい、韓国の若者たちは思いが熱く、国際舞台で仕事する進取の気性が強いようだと評価しました。また、韓国の製薬業については全体として日本の業務より劣るものゝ、複数のバイオ分野で革新的な新薬を出すなど、大きく発展していると分析しました。

102 오프지보를 개발해, 팔고 있는 오노약품공업

4월 부임 이후 담당지역 안 주요 기업 탐방을 하고 있다. 6월 자동차 윤활유 첨가제 제조기업인 산요카세이공업(주)를 시작으로, 파나소닉, 일본전산, 교세라, 오므론, 무라타, 다이와하우스 등 다양한 회사를 방문했다. 그리고 마침내 12월7일 올해 마지막 일정으로 오노약품공업 본사를 찾았다. 오노약품공업은 2018년 노벨 생리의학상을 탄 혼조 다스쿠 교토대 특별교수의 연구를 토대로 면역체계를 이용한 암 치료제 ‘오프지보’를 개발해, 팔고 있는…

101j 大阪の各国総領事一行、静岡県の招聘で静岡を訪問

12月4日、静岡県が主催する大阪領事団招待事業で静岡県を訪問しました。静岡県の海外広報事業であり、ことしで4年目になります。イタリア、インド、インドネシア、中国、パナマ、モンゴルの総領事ほかと一緒に参加しました。 はじめに「東海道五十三次」で有名な浮世絵師・歌川廣重の作品ほかを集めた静岡市東海道廣重美術館を訪問しました。浮世絵は江戸時代(1603-1868)に隆盛した木版画で、絵師・彫師・摺師たちが分業して制作しました。 続いて、昨年末にオープンした富士山世界遺産センターを見学しました。世界的な建築家である坂茂(ばん しげる 1957-)氏の設計により、富士山が最もよく見える場所に建てられたそうです。当日は残念ながら天気がすぐれず、本物の富士山は見られませんでしたが、センター内に展示された写真や動画などを通じてさまざまな富士山を見ることができました。 写真: 富士山世界遺産センターのサイトより センターの建物は富士山を逆さにした形で、センター前の池に本来の富士山の形が映るのをユニークに思いました。1日に1500人程度の来客があり、ほぼ京都国立博物館や奈良国立博物館レベルの入場者だそうです。続いて、静岡地震防災センターに行き、津波の恐ろしさと対処方法を示すビデオを見て、地震のシミュレーション体験をしました。 静岡県庁で川勝平太知事のお話を聞いた後、夜大阪に帰ってきました。知事の説明によると、静岡県は人口(370万人)と総生産規模がニュージーランドに似ているそうです。東京と大阪に独立国のように静岡県の事務所「ふじのくに領事館」を置き、国籍や人種に関係なく共生することを県の方針にしているとも述べていました。「ふじのくに」と呼ぶのは、精神的な独立を強調するためだそうです。画一的な政策や事業にしがみついている韓国の自治体にとってよい参考になると思われます。

101 시즈오카현 초청으로 오사카영사단 시즈오카현을 방문

12월4일은 시즈오카현이 주최하는 오사카영사단 초청 시즈오카현 방문행사에 다녀왔다. 가와카즈 헤이타 지사가 시즈오카현을 세계에 홍보하기 위해 4년째 벌이는 행사이다. 나도 중국, 파나마, 인도네시아, 몽골, 이탈리아, 인도 총영사(인도는 영사 대리 참석)와 함께 참석했다. 첫 일정은 에도와 교토를 잇는 도로인 도카이도의 53 역참의 풍경화로 유명한 우키요에 화가 우타카와 히로시게 미술관을 방문했다. 우키요에는 목판화로 대량생산했던 에도시대의 풍속화이다. 대량생산을 위해…

100j 渡来人・行基・雨森芳洲・朝鮮通信使・滋賀県民団70周年

12月初の週末1日と2日、滋賀県に出張しました。2日に開かれる滋賀県の民団創立70周年記念式に出席する機会に、前日に現地入りし、韓半島と深い縁のある二つの寺院、金剛輪寺と百済(ひゃくさい)寺を訪ねました。 江戸時代を通じて12回に及んだ朝鮮通信使のうち10回が滋賀県を経由しており、宿泊先の施設などに通信使一行の痕跡が多く残っています。通信使が通行した街道を表示する「朝鮮ガモ」の標石があり、当時の古道もあちこちにそのまま残っています。通信使と関連が深い雨森芳洲翁の出身地ということもあり、地域と通信使との縁も深いのです。翁が生まれた長浜市高津町には雨森芳洲庵があります。昨年末、通信使の記録がユネスコ記録遺産に登録され、芳洲庵に保存されている書籍や記録などの多数が遺産に登録されています。 民団の記念式会場の入り口には、長浜市と通信使に関するドキュメンタリーふうの展示パネルが置かれていました。市が作成したものです。こういう歴史的事実を初めて知るかのように、在日コリアンの多くが行事の合間に見入っていました。日本の最短首相の記録を持つ滋賀県出身の宇野宗佑(1922-98)家に伝わる通信使の詩文も展示され、注目されていました。 滋賀民団は通信使をはじめ、古代から韓半島と交流が盛んだった地域の特性を生かしながら、民間交流を活性化していくことを宣誓しました。この日の行事には、大法院の強制徴用工判決で日韓関係が困難な状況にあるなか、三日月大造滋賀県知事ほか有力者も多く参加し、民団70周年を祝っていただきました。 12月1日、百済(4世紀前半-660)またはそれ以前から韓半島と関連が深い百済寺と金剛輪寺を訪ね、ご住職から朝鮮半島と寺院にまつわる話を聞きました。日本では百済という漢字をクダラと読みますが、漢字音そのままのヒャクサイと読んでいることからも、百済(ペクチェ)と縁の深いことがわかります。金剛輪寺は百済系の僧侶である行基(668-749)が創建した寺院ですが、以前からこの地域に影響力を持っていた渡来人秦(はた)氏の祈祷の場であったと伝えられているとの説明を受けました。 滋賀県は、京都や奈良ほどには韓国によく知られていませんが、古代に東海(日本海)を渡ってきた韓半島の渡来人たちが文化を伝播し、朝鮮時代(1392-1910)には朝鮮通信使の主要経路として、韓半島との縁が深く、また広いところです。そんな歴史的事実をあらためて知らされた1泊2日でした。

100 시가현 민단 창립 70주년 기념식에 참석; 곤고린지와 햐쿠사이지를 탐방

12월 첫 주말인 1일과 2일은 시가현으로 1박2일 출장을 다녀왔다. 2일 열린 시가현 민단 창립 70주년 기념식에 참석하는 김에 하루 먼저 현지에 가, 한반도와 깊은 인연이 있는 절 두 군데(곤고린지, 햐쿠사이지)를 탐방했다. 오사카총영사관 담당 지역인 2부3현(오사카부, 교토부, 나라현, 와카야마현, 시가현) 가운데, 올해 창단 70주년을 맞는 지방 민단이 나라, 와카야마, 시가현 민단 세 곳이다. 나라와 와카야마는 이미…