097j 世宗研究所と韓国国際交流財団が主催したシンポジウム

11月26日の午後、大阪で世宗研究所と韓国国際交流財団が共同主催する「大阪日韓関係シンポジウム」が開かれました。10月末の韓国大法院(最高裁)における強制徴用工判決と11月中旬の和解治癒財団の解散以降における日韓の緊張ムードのためか、在日コリアンだけでなく、日本人も少なからず参加しました。終始、聴衆の集中度が非常に高いようにみえました。 第1部で、ムン・ジェイン政権初期に青瓦台安保室第2次長を務めたキムギジョン教授が「韓半島情勢の変化と東北アジアの平和」と題して講演を行い、続いて関連の討論が行われました。第2部では、全パネリストが日韓協力のあり方をめぐって議論を交わしました。 南北が主導し、首脳たちがリードし、経済的利益を中心にして動くパラダイム転換という視点について朝鮮半島情勢を解説したキム教授の講演は大いに注目を浴びました。ただ、第2部における討論の焦点は、自ずと最近の日韓関係を反映し、どのように両国関係を改善していくかに絞り込まれていきました。 特に、強制徴用工に関する判決の衝撃が甚大で、容易には解決できないとする悲観論、対立調整と協力拡大論、時間が経てば解決されるとする楽観論など、さまざまな意見が出されました。 この困難な時期に、何が正解とは言い難い難題について、多くの日韓市民の前で討論すること自体、そして中座する聴衆がいなかったということだけでも、有意義なシンポジウムだったと思います。第1部の司会だった世宗研究所のペクジョンチョン理事長は最後に、まさに民間外交の現場を見るようだったと評しました。 私も祝辞のなかで、韓国政府は大法院の判決を尊重し、日韓関係の悪化を防ぐという二つの原則のもとに対策を講じていることを明かしました。そして事実に基づかないまま日本国内で噴出している大法院判決に対する批判の間違いを指摘しました。 今回の判決が政権交代の影響だとする主張に対し、今回の判決は李明博大統領時代の2012年に出された大法院1部の判決の再確認だとして、1965年の日韓請求権協定を否定するものだとする主張に対しては、(大法院判決は)日韓請求権協定を認めた基盤の上で適用範囲を判断したものだと述べたイ・ナギョン首相の発言を伝えました。

097 세종연구소와 한국국제교류재단이 공동 주최하는 오사카 한일관계 심포지엄

11월26일 오후에 오사카에서 세종연구소와 한국국제교류재단이 공동 주최하는 ‘오사카 한일관계 심포지엄‘이 열렸다. 10월 말의 대법원 강제징용 판결과 11월 중순의 화해치유재단 해산 이후 한일 사이의 긴장 분위기 때문인지, 동포들뿐 아니라 일본인들도 적잖이 참석했다. 회의 시작부터 끝까지 청중들의 집중도도 매우 높았다. 1부에서 문재인 정권 초기 청와대 안보실 제2차장을 지냈던 김기정 교수가 ‘한반도 정세변화와 동북아 평화’를 주제로 강연을 하고…

096j 関西地域の民族教育関係者の研修会

11月23日(金)、日本は勤労感謝の日で祝日なので、23日から3連休でした。連休中に関西地域の民族学校(建国学校、金剛学校、京都国際学園)と民族学級の担任教師をはじめ、民族教育関係者の研修会が1泊2日で開催され、私も参加しました。 関西地域の韓国にゆかりのある歴史遺跡の探訪、朝鮮通信使に関する講義など、充実した日程でした。1日目の23日は、京都府宇治市のウトロ地区と江戸時代(1603-1868)に朝鮮と誠隣外交を提唱した雨森芳洲の故郷にある芳洲庵を見学し、夕方は宿泊先で特別講義を聞きました。 2日目は、第二次大戦が終わった後、韓国に帰国する途次に船が爆発して沈没し、549人が犠牲となった浮島丸爆沈事件の現場と朝鮮人強制労働者などが人間以下の条件で働いていた丹波マンガン記念館を見学しました。移動中のバス車内でも映画「朴烈」ほかをビデオ上映するなど、研修ムードが大いに盛り上がっていました。 丹波マンガン記念館のほかは行ったことがある私は最初から合流せず、福井県の敦賀にある宿泊施設に直行しました。宿泊施設に到着したのは、「朝鮮通信使の生き字引」ともいうべき中尾寛京都造形芸術大学客員教授が「朝鮮通信使の歴史から学ぶ日韓関係の展望」の講義をちょうど開始するところでした。 中尾教授は壬辰倭乱(1592-98 日本では文禄慶長の役)直後、大規模な外交文化使節団を双方が送り合った歴史から教訓を得て、現在の日韓間の諸問題を解決していく必要があるという話をされました。 「民族教育はなぜ重要なのか」というテーマの講演を依頼された私は、次の5つの​​点で民族教育が重要であると話しました。 在日コリアン社会の拠点 在日コリアン社会と韓国をつなぐ臍帯 韓国と日本の架け橋 多文化共生をリードする世界市民の育成 世代交代期に入った在日コリアンの次世代の育成 故国に帰る準備と日本社会の差別に対抗するという次元で始まった民族教育が、現在の時代変化に合わせ、日本社会に定着して生きる多文化共生に力を入れなければならないのではないかとも述べました。夜には、乾杯の辞に託して各自の考えを話す有益な時間を持ちました。 24日は朝食後、舞鶴の浮島丸爆沈現場から遠くない殉難碑が建てられたところで、地元の市民が構成する追悼会の人々が海を見ながら当時の状況と追悼会の活動などについて話してくれました。閉山されたマンガン鉱山を利用して造られた京都市京北町にある丹波マンガン記念館も訪問しました。 在日コリアン2世の館長を務めているイ・ヨンシク氏は「ここが日本で唯一の強制動員記念館であり、日本政府の支援を一銭も受けず、家族の力だけで強制労働の現場を記念館として運営している」と話しました。今回の訪問でここだけが初めてでしたが、施設をしばし見物するだけで、私たちの祖先たちが人間以下の条件に置かれていたことを実感させられました。 全体を通じて過密で濃い内容の1泊2日の研修でしたが、参加者には日韓の歴史のなかの在日コリアンの生きざまを学ぶ貴重な機会になったと思います。

096 민족학교와 민족학급 교사등 민족교육 관계자 연수회

11월23일(금)은 일본의 ‘근로감사의 날’로, 공휴일이다. 그래서 23일부터 3연휴였다. 이 기간을 이용해, 간사이지역의 민족학교(건국학교, 금강학교, 교토국제학원)와 민족학급 교사를 비롯한 민족교육 관계자 연수회가 1박2일 열렸다. 나도 참석했다. 이 지역에 있는 한국과 관련한 역사 유적을 탐방하고, 조선통신사 등과 관련한 강의를 듣는 조밀한 일정이었다. 첫날인 23일은 교토부 우지시의 우토로 마을과 에도 시대에 조선과 성신외교를 주창했던 아메노모리 호슈의 고향에 있는…

095j 済州四・三犠牲者慰霊碑の除幕式

11月18日(日)午後、大阪市天王寺区にある統国寺において済州四・三*犠牲者慰霊碑の除幕式が執り行われました。大阪地域に住む済州島出身のコリアンを中心とする在日本済州四・三犠牲者慰霊碑建立推進委員会が主催しました。*済州島四・三事件 日本地域に済州四・三犠牲者慰霊碑が建てられたのは、これが最初だといいます。日帝時代(1910-45)から済州島の出身者が多く住む大阪地域の特性によるものと思われます。 1922年から済州・大阪航路が開設されました。この時期は日本が急激に工業を発達させた時期と重なり、大阪に済州出身者がひときわ多く住むようになったといいます。 1926年に投入された第二君が代丸(前年に尼崎汽船がロシアから購入) 済州四・三を通じて生命の脅威を感じた人々が、密航などで既に大阪に定着していた親戚や知人に身を寄せることも多かったといいます。このような歴史的事情で大阪と済州、大阪と済州四・三は非常に深いつながりを持っています。 南北分断後の理念対立のなかで、韓国では済州四・三が「共産暴動」と規定され、口に出すことさえタブー視された時期が長い間続きました。日本における事情はさらにひどいものでした。事件から40年経った1988年にようやく東京で初の追悼集会が開かれ、その10年後、大阪でも初の慰霊祭が開かれています。 今回の慰霊碑建立は済州四・三から70年を迎え、済州出身のコリアンが多く住む大阪に、済州島の悲劇を忘れずに記憶する記念碑を建てようという趣旨で進められました。3.6mの高さの追悼碑の基部に、事件当時の済州島の178里すべてから採取した石を配し、済州島とのつながりを強調したのが特色です。済州四・三犠牲者遺族会のオグァンヨン会長は「済州全域の石を収集して持ってくるのが最も大変だった…この慰霊碑は、おそらく国外で建てられる最初で最後の慰霊碑ではないか」と、感慨深げに話しました。 この日の行事には、大阪に住む在日コリアンのほか、済州とソウル、東京からも済州四・三の関連団体の関係者が多数参加しました。私も大阪総領事の資格で参加し、司会者から来賓の紹介を受け挨拶しました。あまりに遅くなったとはいえ、世の中が少しずつ変化していることを、参加者一同が感じたように思います。 帰途、生野区の在日韓国キリスト教会館で開催中の済州四・三関連の展示会に立ち寄り、しばし見学しました。

095 오사카시 덴노지구 통국사에 세워진 제주 4・3 희생자 위령비

일요일인 11월 18일 오후, 오사카시 덴노지구에 있는 통국사에서 ‘제주 4・3 희생자 위령비’ 제막식이 열렸다. 오사카 지역에 사는 제주 출신 동포들이 중심이 되어 만든 ‘재일본 제주 4・3 희생자위령비 건립추진위원회’가 주최하였다. 일본 지역에 4・3 희생자 위령비가 세워진 것은, 이것이 최초라고 한다. 아마 일제 시대부터 오사카에 제주 출신이 많이 살고 있는 지역 특성이 작용한 것이라고 여겨진다. 러일전쟁 때…

094j 来年6月まで開催される教師と生徒の協働アートショー

11月17日土曜日も終日、文化行事で多忙でした。映画俳優のファン・ジョンミン氏とランチを終えるとすぐ総領事館に向かいました。 第1回「2018教師と生徒の協働アートショー」の開幕式に出席するためです。大阪総領事館の所管地域内にある民族学校と民族学級の生徒が個人または合同で制作した作品を公館1階の講堂に展示することにしたのです。協働*としたのは、教師と生徒が協働して制作するという意味を込めています。*韓国語原文: 사제동행(師弟同行) この日の展示会には白頭学院・金剛学園・京都国際学園**の三つの民族学校(いずれも小・中・高校あり)と大阪府の公立学校に設置された民族学級に通う生徒の作品500点余りが出品されました。小学生から高校生までの個人作品や共同作品が、絵画や工芸品まで広く展示されました。生徒や教師、コリアンなど約百人が参加して開幕式を行いました。 **日本の学校教育法に定める一条校 この展示会を企画したきっかけは、総領事館建て替えのため一時移転中の公館の1階会議室をどう活用するかという問題でした。臨時公館における美術品の配置、整理を助言するために出張で来阪した韓国本省のソン・スンヒェ文化芸術課長が、民族学校の生徒の作品展示というアイデアを提案したことから始まったのです。 大阪総領事館の所管地域には、日本にある韓国系の民族学校4校のうち3校が集まっています。また、1948年の阪神教育闘争が示すように、民族教育に対する熱意が強い地域でもあります。このような背景のため、今も大阪地域の公立小中学校に通う韓国ルーツの生徒3千人が学校内に設置された民族学級で週に数時間ずつ韓国の歴史や文化、言葉を学んでいます。 こういう点を考えると、教師と生徒の協働アートショーは単なる美術品の展覧会以上の意味を含んでいます。民族学校と総領事館、地域社会と総領事館を身近につなぐ架橋の意味を持っているのです。とりわけ、今後、在日コリアン社会をリードしていく若い芽と総領事館がアートという目に見える媒体を介して出会うルートが設けられたことが最大の意味だと思います。 教師と生徒の協働アートショーはその一歩を踏み出しましたが、今後の拡大が期待されます。今回の展示会は2019年6月末まで続け、生徒が作品を自由に交換できるようにするつもりです。 総領事館1階の会議室を、今回の展示会をきっかけに「ドリームギャラリー」(仮称)と名付けました。今後、このスペースが在日コリアンの子どもたちの夢を育て、総領事館とコリアン社会がより身近に出会う場所になれば、と思います。始まりはとるに足りないものですが、時間が経つにつれ、壮大な成果につながるよう、コリアン社会とともに努力していきたいと考えています。

094 내년 6월 말까지 이어지는 민족학교, 민족학급 사제동행 아트쇼

11월17일 토요일은 문화 행사로 바빴다. 영화배우 황정민씨와 점심을 마치고 바로 공관으로 갔다. 총영사관 담당지역 안의 민족학교, 민족학급 학생들이 그리거나 만든 미술품을 공관 1층 강당에 전시하는 행사, ‘2018 사제동행 아트쇼'(제1회)의 개막식이 열렸기 때문이다. 행사의 이름은 선생님과 학생들이 함께하는 미술전시회의 뜻을 담아, ‘사제동행 아트쇼’ 로 정했다. 이날 전시회에는 건국학교, 금강학교, 교토국제학원의 세 민족학교와 오사카부의 공립학교에 설치된 민족학급에…

093j 第4回大阪韓国映画祭で来阪したファン・ジョンミン

11月17日(土)、韓国の人気映画俳優ファン・ジョンミン氏と昼食を共にする光栄を得ました。ことし第4回を迎えた大阪韓国映画祭(11/16-11/18)の特別企画「俳優ファン・ジョンミン特別展とトークショー」に参加はむずかしいといわれたなか、出演してくださったことに感謝する意味で昼食の席を用意したのです。 大阪韓国映画祭は、韓国映画を関西地域の人々に知っていただくために大阪韓国文化院が意欲的に実施している毎年恒例の行事です。韓国映画の上映と監督または俳優によるトークショーで構成されています。まだ映画祭と呼ぶレベルに達していないかもしれませんが、地元の反応もよく、徐々に定着しつつあります。 ことしは日本におけ未公開作品を中心に企画しました。「辺山(ピョンサン)」「大観覧車(あなたの宇宙は大丈夫ですか)」「ヒマラヤ、地上8千米の絆」「新しき世界」「ベテラン」「タクシー運転手」が上映作品に選ばれました。17日にファン・ジョンミンさん主演の「ヒマラヤ」「新しき世界」「ベテラン」を連続上映したあと、彼のトークショーを開催しました。 午後に別の行事があり、トークショーを見られない私は、ランチを共にすることで感謝の思いを伝えたのです。スクリーンでしか会ったことのないファン・ジョンミン氏はとても気さくで地味な感じがしました。本人によれば、恥ずかしがり屋で、インタビューやファンの応対などは苦手のようです。今回は、数年前、ロンドンの韓国文化院が主催した映画祭のいい印象が残っていたので、参加を受諾したそうです。 日本でもよく知られた人気俳優なので大阪に何度も来ていると思いましたが、今回が初めてというので驚きました。古代から韓国と縁が深い関西の地で、ファン・ジョンミン氏だけでなく、日本のファンも相手をより深く理解する機会になればと思います。また、このような出会いとコミュニケーションが歴史的な葛藤で摩擦を生じがちな日韓関係を少しでも改善することに貢献できればと思います。 今回の映画祭が開催される劇場の客席数は350席ですが、申込者の数は5000人を超えたといいます。やはり、文化の力はすごいものです。

093 제 4회 오사카한국영화제 토크쇼에 출연한 황정민씨

11월 17일(토), 한국의 인기 영화배우 황정민씨와 점심을 함께하는 영광을 누렸다. 올해로 4회째를 맞는 오사카한국영화제(11.16~18)의 특별기획인 <배우 황정민 특별전 및 토크쇼>에 출연하기 위해 어렵게 참석해 주어 감사의 뜻으로 점심 자리를 마련했다. 오사카영화제는, 오사카한국문화원이 한국영화를 간사이지역에 알리기 위해 의욕적으로 하고 있는 연례행사이다. 구성은 한국 영화 상영, 감독 또는 배우 초청 토크쇼로 이뤄지는데, 사실 영화제라고 하기엔 아직은 낯…